Eno.471 アニア・ナムティア  活動記録 - 竜・貴族・狩りの首と尾について - ひかりの森




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「――へへ、実はま、誰かっていうか。
 "宛"を探してるっていうか……」


その日、初めて声を掛けてくれた人は
随分と良い身なりをした女性だった。

貴族や豪商の娘、或いはそのもの、或いはそれ以外の裕福な者ら。
食うに寝るに困っていなさそうな者たちが一人旅に興じることは
私の元いた世界でもままあることで、それらは大抵『習わし』だの『栄誉』だの
立派なお題目が付いて回るか、彼ら彼女らなりに止ん事無き事情が尾を引いている。

その日に会った"彼女"は、『社会勉強』の為にこの庭園へと馳せ参じたという。
慎ましさと煌びやかさの両端を織って畳んだ黒と白に
自信と気品に溢れた貌を湛える、とても美しい女性だった。



「―――」


Meinrad・"Ludmila・Salvator"・Maischbergerマインラート・ルドミラ・サルヴァドール・マイシュベルガー

どうして世の中の御貴族さま方は、こんなに長い音をぶら提げてる人ばかりなのだろうと
教養の乏しかった子供時代の中にあっての疑問を思い返す。
生まれの名、家柄、代々伝わる古き銘、洗礼によって賜れし聖なるもの、そう言った話。
貧乏共働きな両親の元に生まれた私には、随分と縁遠い人々についてのこと。

名前の差は、まるでそのまま私たち下々あの人たち偉いひとの尊さの差のようで
幼いながらに感じた無意識な憧れは、今となって思い返せば
ひどく真っ直ぐで無知な純粋さだったと、羞恥にも似た感情からの卑下が滲み出る。

それが目の前の彼女への悪い感情として出ることは無かったし
普段考えるまでも無いことだったから、勝手に納得して、すぐに忘れたのだけれど。



「―――」


彼女――マイマイさんは、随分と他人を"善く"見てくれる人だった。
私の出自にも身なりも、とかく人の愛情やら、親の愛情やらと。
きっと、彼女自身がそうだったからなんだろう。

白と黒の艶やかな風体、麗しさに似合う語り口は、
私みたいな貧相な小っ葉なんかには、なんだが、むず痒くて。


訳ありの独り身であることをそれとなく仄めかす私に
答えたくないことならば嘘をつけばいい」と言った彼女は
ただ無闇な優しさや気高さだけを持っているだけではない
自己への責任感、他者への理解といったものも垣間見せつつも
他人の抱く問題に対する、適切な距離感を心得る聡明さも垣間見せた。

私にとって、お偉方というのは、大抵。
他人の"それ"を聞くだけ聞いて悦に入る奴ばかりだったから。




「んえ、か、狩りですか……?」


――そんなお高く纏まったな女性を相手取れたのならば
ここは一つ、あからさまな媚びの売り様もあったと思ったのだけれど。
まさか、狩猟の方法について教えを乞うなんて思ってもみなかったから。

貴族の人たちがそういうことを遊びでやるのは知ってたけど
今回は違って、彼女のいう"宛"はだいぶ切実さのあるもの。
自活の是非という意味で、私なんかよりずっと現実的な話。

幼い頃に斥候スカウトとしての技術を教え込まれた私は、
罠猟や直接的な狩りについての覚えも多少なりある。
なんともかんとも、後のことを考えれば手助けし甲斐のあるもので
結局私は、いつもの"宛"目当てでそれを承諾してみせた。






―――


静かなる夜。雄弁なる森の手前。
獣たちと相対する二つの人影。

身の丈よりもあろうかという威圧を誇る大きな斧。
それを小枝のように振りかぶり、地を蹴り飛んだ彼女の姿は
獲物の背を目指して駆ける獣の両碧を奪い取り、釘付ける。

いつか見た、名の知れた熟達冒険者のそれとも違う勇猛さ。
『竜』にも屈さぬという白き煌きが、夜に浮かぶ月明かりを一つ落とし
野の暗がりを駆ける小さき刃の気配を消し去って往く。

闇に弾ける一閃が迸り、最後の一刀が下されて。
獣亡き後の馳走は、いつもとは違う味。



付記:スライムはもう少し固めに茹でた方が好きかもしれない。





【魔術】
【結晶】と【魔素】の解明によって誕生した技法。
"力"の現象を宿した結晶から、適切な方法によってエネルギーの放出させる行為を示す。
元々は別記する【魔物】たちが用いる超常現象を示す語として扱われていたが
結晶の技術と、後述する【発動器】の発明以降、同じ語が宛がわれるようになった。


【発動器】
結晶を媒体とした【魔術】を行使する為に設計された道具。
形状や使い勝手は様々で、最も一般的なものは杖を模したものであるとされる。
様々な属性の結晶ごとに合わせた専用の構造を持ち
結晶から適切に魔法を抽出・利用するための機械的な構造を供えている。

【発動器】を用いない【魔術】の行使は出力調整の難度が高く
また結晶の消耗も著しい為、通常では行われない。




【青の世界 -用語目次】
https://soraniwa.428.st/sp/result/2811.html
         ――【結晶化】【魔素】についての記載
https://soraniwa.428.st/sp/result/63416.html
         ――【魔素中毒】についての記載








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