Eno.133 兎耳天使ラビト 兎天使の受難5.狼 - はじまりの場所
妹からの手紙:https://soraniwa.428.st/gf/result/199520_133.html
の続き。
*暴力描写有り
「“ ”。お前に、帰還許可が下された」
突然のことに、頭が追いつかない。
やっと、帰れる……?
……他の天使にはあり、わたしにはないものを、わたしは得なければならなかった。
やはりそれは偏愛の経験だったのだろう。
この頃は、以前よりも他人に対して強く愛情を感じることが増えていた。
特に、わたしの心の性別を知っても否定せずにいてくれた友人達に対しては愛着がある。
「好きな時に仕事に復帰していいと、主からのお達しだ。
尤も、許可が出た以上は今すぐにでも帰ってこいと言いたいが。俺としては。
天界の外がいかに危険かは、身をもって思い知っただろう」
あんなに帰りたかったのに。
喜びよりも戸惑いが大きい。
「なんだと?」
従兄の眉がつり上がった。
まずい。失言だった。
「今でもまだ強くなろうとしていたのか。
お前はひ弱な非戦闘型だというのに、無意味なことを」
ずい、と距離を詰められ。
金が走る紫の目がわたしを睨む。
カコクセネルは、昔からわたしが戦闘を行うことを嫌っていた。
彼の母親が、わたしの母様の姉妹。
父親は狼型。母親が兎型であれども、彼は純粋な狼型だ。
親の持つ動物の特徴がそれぞれ違っていても、混ざることはない。
受け継ぐのはいずれか片方の動物の特徴。
幼き日。
カコクセネルと、戦闘型の天使の子供達がチャンバラをして遊んでいた。
「ぼくも、混ぜてほしいです」
わたしは……ああ、この頃、わたしは自分のことを「ぼく」と言っていたっけ。
母様に矯正されて、やがて「わたし」を使うようになったけれど。
子供の時分では、「わたし」は女性的な印象が強かったものだから。
男性が使う一人称の中でも、比較的柔らかい印象のものを好んで使っていたのだった。
一緒に遊びたがるわたしに対し、彼以外の子達は「いいよ」と言ってくれた。
しかし。
「駄目だ。こいつは兎なんだぞ。危ないだろ」
カコクセネルが渋い表情をして言った。
「俺、ちゃんと“ ”に合わせて手加減するよ。大丈夫だって」
獅子型の子がそう言い、わたしと遊ぼうとしてくれたけれど、カコクセネルに制止される。
「駄目だ。兎は駆けっこかままごとでもしていればいい」
生まれ持った動物の特徴で扱いに差を付けられることが悲しくて。
わたしはその場から背を向けた。
似たようなことは何度かあった。
戦闘型と非戦闘型では肉体の強さが異なるから、カコクセネルが完全に間違っているというわけではない。
けれど、彼は必要以上に……病的なまでに頑なだ。
狼に嫁いだ叔母は、番 の体格の大きさや腕力を恐れ、いつも委縮していた。
叔母の夫が叔母と結婚したのは、叔母のことを守りたかったかららしいけれど……叔母としては、庇護される分相手に尽くす生活を送ることは、不本意だったそうだ。
叔母の夫は叔母に恐怖されていることを嘆き、叔母に対して過保護ではありつつも、心の距離が大きく。
夫婦関係はぎこちなく、溝が埋まらない。
そんな家庭環境に生まれた従兄は、きっと父親の正しさを信じたくて。
ひ弱な天使は戦闘型の天使の庇護下に置かれるべきという思想を強く持っている。
わたしが同僚の告白を断った後のことだ。
「番 申請、断ったらしいな。
大人しく守られておけばいいだろう。兎は貧弱なんだから」
「万が一魔族の動きが活発になったらどうする。
戦闘能力の高い天使と番 になっておくべきだ」
「馬鹿を言え。兎が強くなれるはずがないだろう」
わたしは、その後何も言い返せなくて。
下唇を噛んで俯いた。
わたしを見下ろす、目。
「兎は守られていればいい」
「強くなったと? 試してやろうか」
わたしを睨む彼の目が更に険しいものになり。
ゴゴゴと低い音が轟き、金色の針が無数に密集したような形状の岩がわたしを囲んだ。
針の岩を操るのが彼の能力。
ああ、敵わないな。
やり合うまでもなく、本能的に圧倒的な力の差を思い知らされる。
けれど、何もせず負けるなんて嫌だ。
睨み返して、わたしは術の名を――
「身の程を知れ」
……唱える前に、首を掴まれて。
声を発せられなかった。
「非戦闘型は戦いの真似事なんてせず、ただ己の使命のことだけに集中していればいい。
それが在るべき形だ」
わたしは、兎型に与えられている役割のことは好きだ。
そして、戦いは苦手。
けれど、それはそれとして強くはなりたい。
ひ弱だからと、兎型だからと、在り方を他人から決めつけられるのは嫌。
わたしの可能性を否定されたくない。
首を絞める力が緩められた瞬間、どうにか身体を捻り、従兄の胴に蹴りを入れ。
法力を乗せて強化した右の拳を鳩尾に打つ。
……手応えがない。まずい。大して効いていない。
従兄は呆れたように小さく息を吐くと、
「殴るっていうのはこうやるんだ」
わたしの鳩尾に拳を打ち込んだ。
手加減はしているだろうけれど、わたしにとっては重い一撃。
胴の芯を抉るような痛みに耐えきれず、わたしは地面に伏せる。
もう、動けない。
「早く帰ってこい。
……仕事に復帰するかどうかは置いておいて、最低限一時的な里帰りくらいはしろ。
お前の親も、妹も、お前に会いたがってる」
本来わたしに暴力を振るうのは本意ではなかったであろう彼は、バツが悪そうにそう言うと、わたしに背を向けた。
従兄は振り向いてわたしを一瞥すると、眉尻を下げて天界へと帰っていった。
……絶対強くなってやる!!
の続き。
*暴力描写有り
「“ ”。お前に、帰還許可が下された」

ラビト
「え?」
「え?」
突然のことに、頭が追いつかない。
やっと、帰れる……?
……他の天使にはあり、わたしにはないものを、わたしは得なければならなかった。
やはりそれは偏愛の経験だったのだろう。
この頃は、以前よりも他人に対して強く愛情を感じることが増えていた。
特に、わたしの心の性別を知っても否定せずにいてくれた友人達に対しては愛着がある。
「好きな時に仕事に復帰していいと、主からのお達しだ。
尤も、許可が出た以上は今すぐにでも帰ってこいと言いたいが。俺としては。
天界の外がいかに危険かは、身をもって思い知っただろう」

ラビト
「今は、まだ……」
「今は、まだ……」
あんなに帰りたかったのに。
喜びよりも戸惑いが大きい。

ラビト
「この島での祭りが終わるまでは、ここにいます
友人達とまだ思い出を作りたいですし、ここは鍛錬がしやすい環境で……」
「この島での祭りが終わるまでは、ここにいます
友人達とまだ思い出を作りたいですし、ここは鍛錬がしやすい環境で……」
「なんだと?」
従兄の眉がつり上がった。
まずい。失言だった。
「今でもまだ強くなろうとしていたのか。
お前はひ弱な非戦闘型だというのに、無意味なことを」
ずい、と距離を詰められ。
金が走る紫の目がわたしを睨む。
カコクセネルは、昔からわたしが戦闘を行うことを嫌っていた。
彼の母親が、わたしの母様の姉妹。
父親は狼型。母親が兎型であれども、彼は純粋な狼型だ。
親の持つ動物の特徴がそれぞれ違っていても、混ざることはない。
受け継ぐのはいずれか片方の動物の特徴。
幼き日。
カコクセネルと、戦闘型の天使の子供達がチャンバラをして遊んでいた。
「ぼくも、混ぜてほしいです」
わたしは……ああ、この頃、わたしは自分のことを「ぼく」と言っていたっけ。
母様に矯正されて、やがて「わたし」を使うようになったけれど。
子供の時分では、「わたし」は女性的な印象が強かったものだから。
男性が使う一人称の中でも、比較的柔らかい印象のものを好んで使っていたのだった。
一緒に遊びたがるわたしに対し、彼以外の子達は「いいよ」と言ってくれた。
しかし。
「駄目だ。こいつは兎なんだぞ。危ないだろ」
カコクセネルが渋い表情をして言った。
「俺、ちゃんと“ ”に合わせて手加減するよ。大丈夫だって」
獅子型の子がそう言い、わたしと遊ぼうとしてくれたけれど、カコクセネルに制止される。
「駄目だ。兎は駆けっこかままごとでもしていればいい」
生まれ持った動物の特徴で扱いに差を付けられることが悲しくて。
わたしはその場から背を向けた。
似たようなことは何度かあった。
戦闘型と非戦闘型では肉体の強さが異なるから、カコクセネルが完全に間違っているというわけではない。
けれど、彼は必要以上に……病的なまでに頑なだ。
狼に嫁いだ叔母は、
叔母の夫が叔母と結婚したのは、叔母のことを守りたかったかららしいけれど……叔母としては、庇護される分相手に尽くす生活を送ることは、不本意だったそうだ。
叔母の夫は叔母に恐怖されていることを嘆き、叔母に対して過保護ではありつつも、心の距離が大きく。
夫婦関係はぎこちなく、溝が埋まらない。
そんな家庭環境に生まれた従兄は、きっと父親の正しさを信じたくて。
ひ弱な天使は戦闘型の天使の庇護下に置かれるべきという思想を強く持っている。
わたしが同僚の告白を断った後のことだ。
「
大人しく守られておけばいいだろう。兎は貧弱なんだから」

――――――
「わたしは……支配欲交じりの庇護欲を向けられるのは、嫌なのです」
「わたしは……支配欲交じりの庇護欲を向けられるのは、嫌なのです」
「万が一魔族の動きが活発になったらどうする。
戦闘能力の高い天使と

――――――
「……最低限、自分の身は自分で守れるよう、
わたし、鍛えてはおきたいと思って、いて」
「……最低限、自分の身は自分で守れるよう、
わたし、鍛えてはおきたいと思って、いて」
「馬鹿を言え。兎が強くなれるはずがないだろう」
わたしは、その後何も言い返せなくて。
下唇を噛んで俯いた。
わたしを見下ろす、目。
「兎は守られていればいい」

ラビト
「……侮らないでください。
わたし、これでも昔より」
「……侮らないでください。
わたし、これでも昔より」
「強くなったと? 試してやろうか」
わたしを睨む彼の目が更に険しいものになり。
ゴゴゴと低い音が轟き、金色の針が無数に密集したような形状の岩がわたしを囲んだ。
針の岩を操るのが彼の能力。
ああ、敵わないな。
やり合うまでもなく、本能的に圧倒的な力の差を思い知らされる。
けれど、何もせず負けるなんて嫌だ。
睨み返して、わたしは術の名を――
「身の程を知れ」
……唱える前に、首を掴まれて。
声を発せられなかった。
「非戦闘型は戦いの真似事なんてせず、ただ己の使命のことだけに集中していればいい。
それが在るべき形だ」
わたしは、兎型に与えられている役割のことは好きだ。
そして、戦いは苦手。
けれど、それはそれとして強くはなりたい。
ひ弱だからと、兎型だからと、在り方を他人から決めつけられるのは嫌。
わたしの可能性を否定されたくない。
首を絞める力が緩められた瞬間、どうにか身体を捻り、従兄の胴に蹴りを入れ。
法力を乗せて強化した右の拳を鳩尾に打つ。
……手応えがない。まずい。大して効いていない。
従兄は呆れたように小さく息を吐くと、
「殴るっていうのはこうやるんだ」
わたしの鳩尾に拳を打ち込んだ。
手加減はしているだろうけれど、わたしにとっては重い一撃。
胴の芯を抉るような痛みに耐えきれず、わたしは地面に伏せる。
もう、動けない。
「早く帰ってこい。
……仕事に復帰するかどうかは置いておいて、最低限一時的な里帰りくらいはしろ。
お前の親も、妹も、お前に会いたがってる」
本来わたしに暴力を振るうのは本意ではなかったであろう彼は、バツが悪そうにそう言うと、わたしに背を向けた。

ラビト
「カコクセネル……わたしの在り方は、
わたしが⋯⋯ぼくが、自分で決め、る……!」
「カコクセネル……わたしの在り方は、
わたしが⋯⋯ぼくが、自分で決め、る……!」
従兄は振り向いてわたしを一瞥すると、眉尻を下げて天界へと帰っていった。
……絶対強くなってやる!!