Eno.435 トリサ  Ⅹ:『信仰』について - せせらぎの河原

花火大会が河原であった。
河原は私がよく寝泊りしている場所だから、何でよりによってここでって最初は思った。

一人で見ても寂しいだけだ。
楽しそうな人ばかりの中、可哀想な子供が一人。
空気を壊したくない。心配もされたくない。気にかけてもらいたくもない。
楽しんでほしい。楽しみたいって人はきっと多い。

だから少しだけお手伝いして、楽しめる人たちが楽しめばいいって。
始まる前にここから去って、平気なフリをすればそれでいい。



別に私がどう思おうが、誰も知ったこっちゃないのだから。





アーロンに一緒に見ようと誘われて。
タカサブロウに三人で一緒に見ようと誘われて。

二人とも、私のことを『友達』として見てくれて。
たくさん話して、花火を見て、美味しいものを食べて。
知らなかった世界が、そこにあって。


心の底からわくわくして、子供らしくはしゃいで。
絶対に忘れない一日になった。




一期一会の出会い。
この世界の思い出話に花を咲かせられるのは、一人だけだ。

二日目には同じ宿の冒険者パーティ、アルカーナムの仲間のペテンを誘って。
二人で一緒に花火を見て。私のことを話して、聞いてもらって。
これからもよろしくね、って。帰ってからのなんてことはない約束をして。
帰ってからの楽しみも、たくさん増えた。


寝る前に、自分の身体の傷を見た。
人に見せられない、傷まみれの醜い身体。
親を殺したとしても、刻み付けられた支配の跡は消えることはない。


それでも。
自分は生きている。今はもう狭い部屋の中じゃなくて、広い世界に立っている。
時々古傷のように痛むのは、きっと生きているんだと知りたいから。

だから。
自分はもう、可哀想な子供じゃないんだ。









テラート
「神よ、今日も人間を見守りくださりありがとうございます」

テラート
「今日も私たちは、神の僕として使命を全ういたします。
 人の心を持って、人の心が定めた生と死を定めてゆきます」




ティカ
「実はテラートの教えってぇ、私たちは守ることができないんですよね~」



私が教会に来てから4年後の話だ。
ヘキサスという、ロクでもないヤバい人間を迎え入れた教会は、それでもテラートの望む秩序をそれでも守っていた。普通を願い普通で在ろうとした彼女は、テラートの手により快楽殺人鬼へ突き落とされた。それを彼女は「あの人は人の生死を見定めることができる凄い人だ」と称賛するものだから、相変わらず思考が分からない人だな、と思う。


トリサ
「……そうなのか? いや、心から賛同できるかと言われるとできないが……
 テラートの教えに救われた以上、私はテラートの教えに背きたくない」

ヘキサス
「相変わらず律儀だなぁてめぇは。
 俺はどーだっていいけどな。人を殺せる環境がありゃじゅーぶんだ」

ティカ
そういうところが本当にゴミクソカスなんですよねぇ~?

ヘキサス
あ゛?
 てめぇが言える立場じゃねぇだろうがこの極悪非道シスターがよ」

ティカ
あ~~~ゴミが今日もうるさくて世界が平和ボケしてますね~
 ここに手が滑ってナイフを突き立ててしまいそうですよ

トリサ
「あの……脱線しまくってるが、喧嘩しに来たのか?」

ティカ
「おおっと、ヘキサスのせいで時間を無駄にしてしまいました」

ヘキサス
本当に殺してやろうかてめぇはよぉ!!

ティカ
「話を元に戻したところで
 ヘキサスにとっては心底どうでもいい部分ですけどね~
 ですが、示しておく必要があると思いまして」



ティカ
「―― 至極簡単なことです」

ティカ
私たちにとって。神とはテラート様という人の子であるが故に




考えてみれば当然のことだ。
テラートは全ての神の教えを肯定した上で、神は人を裁くことができないと説く。それは本来の信仰からずれた、彼女自身の感情論による思想。それは思想であるが故に、教えを広めず自己完結させる。

その自己完結を持って人を救済する。私も、ヘキサスも、この教会に来る者も、彼女が手を差し伸べたならば全て例外なく彼女に救われる。


だから、彼女の思想を信仰として守ろうとすれば、私たちは破綻を起こすのだ。


ヘキサス
「なるほどなぁ。
 そらそうだわな、俺たちは聖北の教えも神の存在もどーだっていい」

ヘキサス
仕えんのは、テラートにだ



ティカは常にテラートの傍に在る。その在り方は、神と僕の関係性を想起させる。
ヘキサスは常にテラートの後ろに在る。その在り方は、主人と自由な猫の関係性を想起させる。


ティカ
「別にテラートも、この教えを厳密に守れとは思っていないでしょうから。
 それに、テラートの教えを否定する我々ではないでしょう?」

ティカ
テラート様という神の教えのために、我々は今ここに存在する

ティカ
―― 我々は、
 テラート様という偉大なる神の僕である



ティカの言葉は、ずっと私が引っかかっていた教えの棘を抜き去ってくれた。
されど、彼女の言葉もやはり是だと思いきれない。
答えを出すまでの時間は、一瞬だった。

トリサ
「……神は、何も救わない。
 そんなもの、人の指し示す都合のいい奇跡の総称だ」

トリサ
テラートという人が、人を救うんだ



あぁ、そうだ。
私はテラートを、神様を。人として、崇拝しているのだ。
だから私は彼女を神であると肯定しながら、人として在り方を守っていければいいと思う。


いくらでも、死神として彼女の傍に仕えよう。







彼女が無意識に飢えて、焦がれて、欲しがっていたもの。

それはテラートのように自分を救ってくれるものではなく。
憎しみでしか語れない親の記憶を埋めてくれるものではなく。
この先の未来を共に歩む絆でもなく。

一期一会の出会いでいい。己と対等でお互いに遠慮も気遣いも要らない友達だった。




自分の身体につけられた傷跡を隠して。
始めて奪った3つの命の罪を背負って。
罪意識こそなけれど、怒りと憎しみは晴れることはなくて。

それは枷となって、己を縛り付けて。

だけど子供はようやく、その枷を外して広い空を見ることができたので。






―― 彼女は長い年月の束縛から解放され、新たな人生を始めた








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