Eno.564 ラズ  某日、森の茶会にて - くらやみの森

ラズ
「──そもそも探索だ戦闘だと、
 作業する時間も余力も取れやしない」


戦闘による魔力の消耗に加え、負傷した体を治すための魔力の消耗。
日常生活ではそうは起こらないそれらに加え、いつまであるかもわからない滞在期間。

そんな万全とは言い難い状態で、心ゆくまで未知の素材を調べ、楽しむことなど出来ようもない。
何よりも、煽るだけ煽られ満たされないままの本能が思考の邪魔をする。

牙で穿ち獲た生き血は飢えを満たせず魔力を持たず
混沌の魔力を含む血は杯に注がれたもの自ら奪ったものではなく

……それ以前に、後者には己の血も差し出しているため食べていないも同じことだが。
すべての些細な要因が重なり、どうにも燻って仕方がない。

そのような状況で。

ラズ
「その辺で拾ったものをその辺でいきなり加工するような
 風情の無い真似は御免だな」


普段であれば、現地で行う研究や製作だって好んでいる。
しかし今はこの有様。
環境に、魔族吸血鬼の本能に理性が遮られては楽しめるものも楽しめない。

ラズ
「全力を注げない研究なんてつまらない状況は実に煩わしいだろう?」


そうして最後の一口を静かに飲み下し自身への苛立ちを笑みで覆い隠し、カップを置いた。










暗がりにゆるりと歩を進め、人気がなくなる頃に足を止めた。
小さく息を吐いてから、とうに見えない茶会の場を視線だけで振り返る。

ラズ
「……」

ラズ
「必要なもの、か」


今この身が求めているものは、ただひとつ。
獲物に自ら牙を立て、命を喰らい啜りたい欲求を満たす吸血捕食行為だ。

捕食しながらも満たされず、満たされながらも牙を活かさぬ食事ばかり。
半端に煽られた欲求を収めるためには吸血で本能を満たすしかない。

吸血行為は獲物を逃がさぬよう、快楽や陶酔を相手に及ぼす。
個人差はあれど痛みを上回る悦楽を、拒絶を塗り潰す恭順を強制的に引き出される。

時に依存性すら持つその行為を、必要だと言えば。
血と魔力の通うその身体を、彼は言葉通り差し出すのだろう。

ラズ
「……そうだな。
 いざとなれば、お言葉に甘えるとしよう」


──その時は、友人だろうが獲物にしか見えなくなるだろうけれど。





あらゆる種族が生きる世界に置いて尚、吸血種は捕食者であり、人の命を喰らう者。
理性を以って本能を抑えなければ、無様な害獣と変わりない。








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