Eno.133 ジョシュア・ローランド  8日目 幻想に愛を期待する - ひかりの森

ジョシュア
「僕もだ。
 僕も、他人に期待して、理想を抱いては裏切られている。」


ジョシュア
「そのたびに怒り、泣いて、
 誰にも言えず、己の中で繰り返すしかなく。」


ジョシュア
「そうやって傷だけが痛んでいく。
 悲しみも怒りも、待っていたってどこにも行かない。」


良く晴れた夜です。
月の光がよく見えます。

ジョシュア
「お父様は……力強く。
 威厳のある、優れた魔法使いだと思っていた。」


ジョシュア
「お母様は、優しく気品のある。
 愛情にあふれた人だと思っていた。」


ジョシュア
「でも僕の中にあるのは、その印象だけだ。
 実際どんな人かと聞かれたら、きっと困る。」


ジョシュア
「そして、たまに実際に会ってみると。
 それらは僕の中だけの幻想なんじゃないか、という気にもなる。」


優しい家庭とか、優しい両親とか。
そういう幻想を抱き、期待して。
ふとした言動に幻滅しては、混乱する。

ジョシュア
「使用人だってそう。取引先だってそう。
 出会う人々に期待を抱いては、幻滅して終わる。」


ジョシュア
「期待がなければ、怒りもしない。
 悲しみだって生まれないのにね。」


どうして人は幻想を抱くのでしょう、いずれ打ち砕かれると知りながら……。

ジョシュア
「優しさとは何か、の話をした。
 本気とは何か、意味とは何か。」


ジョシュア
「ゆえに、僕はいずれ“”についても、考えねばならない。」



ジョシュア
「愛、あるいは友情、信頼……
 求めても手に入らないもの。」


ジョシュア
「それには積み重ねが必要で、誠意が必要だ。
 幻想を抱かず、幻想を抱かれず、あるいは期待に応えなければいけない。」


ジョシュア
「産もうとしても産まれないものでもある。」


ジョシュア
「この、“”に対する印象すら、幻想である。
 本当の愛なんて、誰にもわからないのに。」


言葉にすればするほど、ホンモノからは遠ざかります。

ジョシュア
「けれど僕は……幻想と実際の愛には、ぼんやりと……
 一致している、“そのもの”があるようにも思う。」


ジョシュア
「シルエットがなければ、想像することすらできないもの。
 なにかあるはずなんだ。」


少年もまた愛を探しています。
幻想に向かって愛を求めています。
自分のことを愛してくれる誰かを夢見ています。

ジョシュア
「けれどね……僕は自ら、捨てているんだ。
 禁忌に触れる魔法使いを愛してくれる人なんていない。」


ジョシュア
「それを受け入れるしかない。
 だからこうやって、外側から“”を想像する。」


ジョシュア
「見たことのない世界を、小説の中で旅するように。」


ゆえにまた、幻想を見て、期待しては裏切られるわけだけれど……
そういう、ままならないループを繰り返す。
いままでずっとそうだったのだから、これからもずっとそう。


ジョシュア
「僕の中と外に残ってくれたのは、闇だけだった。
 すべての光の母。」


ジョシュア
「闇には、なにも期待しなくていい。
 そこにあるのは闇だけだから。」


くらやみの森での出来事を思い出します。

ジョシュア
「たぶんはそうじゃないだろう?
 君を置いていかない、仲間がいるのだろう。」


ジョシュア
「触れれば体温があり、言葉を使い、
 つらいときにはきっと寄り添ってくれる存在。」


ジョシュア
「かすかなきずなは、僕とオリーブの間にすらあるのだから――」


ジョシュア
「君にないはずはないんだよ。」



ジョシュア
「……」



ジョシュア
「それを愛情と呼ぶんじゃないの?」


ジョシュア
「自然に生まれ、期待することもない、
 真の愛情がもうあるんじゃない?」


それ以上を望んでしまうのは、幻想を見るがゆえの。
形の無いものを言葉にしたいがゆえの。
不安定なものを、形に押し込めたいがゆえの。

ジョシュア
「でもまあそりゃね。
 僕がいくら言葉を尽くしても、語りつくせないのが愛なのだから。」


ジョシュア
「…」


ジョシュア
「これもまた“言葉による幻想の愛”だ。やれやれ……
 本当に終わりがないな、これは……」




ジョシュア
「まぁ正直“愛”の答えより明日のごはんだよね大事なのは。
 牛ステーキがいい。」


ないよ。

ジョシュア
「……言葉を尽くしな、若者。
 じゃあね。」


誰にも届かぬ挨拶を、闇に捨てました。








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