Eno.676 ✿ #--- Idololatria - はじまりの場所
毎日0時に湧き上がる喧騒を眺めたのは、あれで何度目だったっけ。
私は聞こえる掛け声から得られる情報しか知らないフリをした。……フリも何も、喧騒が止みひとり静かな場所で晩酌し、頭をからっぽにするまでは本当に、すっかり忘れていたのだが。子どもたちがアイドルをしていたこと。
ひとり、ふたり、さんにんと子を産み落としたが私は夫のように親として成長できなかったので。
子らは夫としてよりも子らの親として成長していく夫に倣って、世間一般的にと云う意味で健全に、緩やかにでも確かに健やかな精神を育んでいった。
私は夫に倣って子らの親として、なんて考えもしなかったので。
子らは私を母と呼んで慕ってくれたけれども、そんな一方的に向けられた情愛に対し私は、ただ産み落としただけのモノからの得体のしれない捧げモノとしか認識できなかった。
私の内から生じたモノが人へと変質していったことがどうにも受け入れ難くて、気付いた時には私は子を子とも認識できなくなっていたので。
だから、人として育ち、人として伴侶を見つけ、人として子を成し親と成りて死に向かう子らに何も言わなかった。
よめ産を
よえ増よ
てち満に
よせわ従を
子を、看取った。
孫も看取ったしひ孫も看取った。
決して老いぬ私たち夫婦を恐れた配偶者側から、関係を断たれた後も続いた血族も私が見下ろす先で亡くなった。
それでも私は星に深く根を張ったまま欠いても殖える、はじまりも知らず無秩序に産み落として私で満ち満ちて。
どんなに長い時を経ても変わらない私と共に在った夫は、壊れた。
夫は、人ではない。
しかして人に育てられた彼の常識はどうしようもなく人であったが故に、耐えられなかった。
私はそんな夫を見て、それでも私の番なのだからと強引に食事をさせて、命を繋がせた。
大切だったから?まだ一緒に居たかったから?好き、ないし愛していたから?――――――――――――――――――――否。
子どもを望むのならばまた産み落としてやっても良かった。
ただもう一度あのひとと、気付けば終わっていた家族との日常の続きをしたかっただけだ。
子らが夫のもとから離れた後で「まだ子どもほしい?」と尋ねた時、諦めた顔で首を振られたから夫だけを家族としただけだ。
でも、嗚呼それでも夫はあの時、私の夫としてよりも子らの親として生きることを選んだから。正しく父性を育んだから。
「――…そっか。君はもう私の王子様じゃないんだね」
そんな夫を隣でずっと見てきたのに私は嗚呼、それでも幼稚だったから。私に必要だったのは伴侶ではなく親だったから。
「ずっと一緒だって言ったクセに、結局君たち
――傍で見た父子から情愛と慈悲を、悶え苦しむいきものの安息は終わりの先にしかないことを、救いを学んでいたから。
「もういいよ、 くんのこと、もういらない」
当時の私はひどい顔だったなぁと思い返すたび笑ったけど、今となっては、あれは解放された喜びに満ちた顔だったなぁと。
夫を、看取った。
私を産めよ
呪よ殖えよ
地に満ちて
星を従わせよ
こどくになった
だけどこの時の人はもう消える手前――どこかで
ねえ、観て
「
ただもう一度 あの 日常 を 何も無いに
神よ神よと狂ったように声を上げる有象無象が
「……その
「でも大丈夫だよ、君たちは私と違って終わりがあるから」
全てが全て私が降らす星々の下で塵芥と化すよ。
あの父子の日常の続きを 観たかっただけなのに。 等しかったから。
「ほら、ぱぱが待ってるよ」
君の子どもたちはこれでみんな、みんな楽になれたかな?終わりがない私には終わりの先など観れないから、 何もわからないんだ。
「……あぁ、」
「頭は痛いし疲れたし、天気は良すぎでいろんな意味で終わりだよ」
「なんもしたくな~い……」