Eno.357 キョク  幕間 黎明の火種 - めざめの平原

その昔、歳若く美しい、されど病弱な女がおりました。

今日は身体の調子が良いと、ふらり万屋へ。
久々の買い物を楽しんでいると、おまけと称して花の種を贈られました。

「その種は、育つと赤い綺麗な花を咲かせるんだ。
 きっとお嬢さんにぴったりだよ」

女は胸を弾ませました。
しかし、彼が付け加えた言葉に、少し肩を落としました。

「まあ、植えてから最初の花を咲かせるまでに何年もかかるそうなんだが」

病弱ゆえに、先は見えません。
果たして生きている間に花を拝むことはできるのでしょうか。

それでもあるいはと思って種を植え、育ちゆく低樹に語りかけます。

「どうか、私の生きてるうちに咲いておくれ。
 そしたらきっと、思い残すことはなくなるよ」




とある日、女の家に大柄の男たちが訪ねてきて、
分厚い羽織や火鉢などを次々運び出しました。

「すまないね、もう質に出し入れするのも一苦労で」

続けざまに蚊帳が運び込まれるのを見て、
女は男たちに労りの言葉をかけます。

「かまわねえよ!
 だが、顔色もいいし、お元気そうで何よりだ。

 お幾つになったんで?」

「やだ、そんなこときくなんて。
 今年で九十七だよ」

女は、気づけばすっかり歳を重ねていました。

「これでも昔は病弱だったんだけどねえ。
 ずっと、私に『死ぬな』って言ってくれる人がいる気がしてね」

ふと家の外を見た視線の先には、
未だ一度も花芽をつけたことのない低樹がありました。

せめて花が咲くのを拝んでから……
そんなことを思いながら、幾十年。

やがて女が穏やかに、家族に囲まれ、天寿を真っ当するその日が来ても、
低樹が花をつけることはなかったそうです。































「……ふん。勘違いも甚だしいわ。
 どこまでも不敬で強情な人の子め。

 散々急かしおってからに。
 我の祝福すべき晴れ姿だぞ?
 あろうことか冥土の土産にしようなど、不届き千万!
 くたばるまで絶対拝ませてやるものかと意地を張ったは良いものの……

 些か、やりすぎたかもしれぬ。
 人の子の言葉なんぞ覚えるつもりなかったのだが。
 いったいどれだけの時を温めることになった……?

 まあ、良い。
 此度は我の勝ちということで。

 ……送り火ぐらいにはなってやる」









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