Eno.322 恋路 六六  【記録】双魚の記憶⑤ - ひかりの森

その日、私たちは初めて喧嘩をした。


──いや、実際には私が端午を𠮟りつけただけだったのかも知れない。

思わず振るった私の手は端午の頬を酷く打って、
何度も『ごめんなさい』と泣く妹の声が耳に残り続けた。


私は妹の自傷を咎めるために、
かえって手を上げてしまった自分の矛盾に苦しんだ。

そして、その頃には自分が飛べなくなっている事に気付いていたから、
もし妹が私の元から飛び去ったなら、
もはやそれを追う術がないという事を恐れた。


私は早く仲直りしたいと感じつつ、
しかし、同時に割り切れない想いも胸の中に感じていて、
いつも通りに振る舞うには相応の時間が必要だった──


と、思っていたのだけれど。


実際には、そんな事は全然なかった。
端午の方が、翌日から既に全く"いつも通り"だったからだ。


……結論から言えば、端午はあの日、
なぜ私があれほど激怒したのか、あまり深くは考えていないのだろう。

あの日以来、私の言い付けは良く聞いてくれるようになったけれど、
それはただ、『私に怒られたくないから』に過ぎない。

龍に成り上がってから、ずっと一緒に過ごしてきた双子の妹は、
いつの間にか、私よりも遥かに……"龍らしく"育っていた。


そして、そんな妹が穏やかに暮らしていくためには、
私がしっかりしなければならない、と。

そう考えたのが、果たして愛情だったのか、
それともただの依存に過ぎなかったのか──


今となっては……もう、分からなくなってしまった。








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