Eno.435 トリサ  Ⅸ:『忠誠』について - せせらぎの河原

<関わった人たち>
■サエ
不思議なやつだと思った。独特な言い回しが特徴的で、論理的な思考回路を得意とする。掴みどころのない奴で、悪意や敵意は見て取れない。感情が読めない、というより透明な気がする。確かにそこにあるのに、見ようとしても境界線が見えないガラスのような人だ。
何を考えているか分からない以上、警戒に越したことはない。が、彼の世界についての話は楽しかった。


■ナヒド
真っすぐで、気高い人。刺々しい気質を持っていて、一人でも自由に駆け回れる強さを持っている。そんな印象を受けた。彼の世界の話や自分の身なりの話をした。彼の世界は獣が主に暮らしていて、話している様子だとあまり文明はないように感じた。世界が違えば事情も様々だ。
ただ、やっぱりちょっと怖い。それと、土足で踏み込みすぎたので申し訳ない気持ち。


■ヨル(ヨルムンガンド)
呼べない。言えない。助けて。
圧倒的上位種、といった感じがする。友好的みたいだけど怖い。


■ペテン
カタナシが作ってくれた料理を作りたくて教えてもらった。ショートケーキっていうケーキらしい。
クリームがぶっ飛んで宙を舞っても許してくれる辺り顔の怖さと優しさは反比例しないってことがよく分かる。
見返りを求めず、仲間だからと力を貸してくれたことに心から感謝する。
あと術式の調整に20回中28回爆発した事故も起きたけどまあそれはそれ。



■ひかりの森の拠点の方々
酒盛りされたり中に魅了薬が混ざっていたりぬいぐるみをもらったりなんかもう色々あった。なにここ怖い。色々起こりすぎて怖い。たすけて。







人の事情に踏み込むことの難しさを知った。
自分の望むものは手に入らないのだと知った。

ひかりの森の拠点で数日を過ごす。今日は疲れが酷くて動くことはできなかった。
少し無理したことが身体に出たのだろう。隅っこに逃げて、じっと拠点へ訪れる者たちの会話を聞いている。
仲のよさそうなやりとりが聞こえる。その中には混じれない。
幸いはじまりの拠点のようなやりとりは聞こえてこない。愛だの恋だのには無条件に吐き気がする。


改めて、本当にここは穏やかな者が多いと思う。
これだけの人が居るというのに、危害を加える者と出会っていない。
それどころか皆が皆助け合い、日々を暮らしている。敵意や悪意が迷い込む選別対象とでもなっているのだろうか。
いいや、それだったら私は呼ばれなかったはずだとすぐにその推測をやめた。


願わくば、彼らのこの平穏が続きますように。


―― 他者への献身が、彼の人生に意味を与えた


子は気が付かない。
己の真にほしいものを。
得たいの知れない飢えを誤魔化し続けるだけ。

手に入らないから、求めているものを与えてくれない人を恨む。
そうして他者の破滅を願う。
……なんて、救済の形を知らなかった頃の恨み言。

この世界は危害を加える者がいない。
この世界にいる者は悪意を持つ者が少ない。
けれど関わる人にとっては、自分は可哀そうな子供でしかなかったのだろう。
手を伸ばそうとして、伸ばしきれなくて仕舞われた手をいくつか見た。


見て見ぬフリをした街の者たちとは違う。
そこには確かに、悪意や失意の類は見つからなかった。


―― だからこそ、優しさを知った子は、願った。
もう何もいらないから、あの人たちを少しでも助けられますように。


その献身は、踏み込む躊躇を取り除き、強い意志を与える代わりに。
自己犠牲への躊躇も、取り払ってしまった。




「助けられるか、られないか。それは人の心が如何様に動かせるかどうか。
 人の心が生死を決める。人の心が全てを決める。深入りされない、ということはその人にとってその程度の価値でしかない、ということ。

 テラートにとってだって、テラートの願う救済の手助けをしてもらえればそれでいいはず」

「だったら」

「生を願われる人たちが救われる方が、私にとっても、皆にとっても、テラートにとってもいいはずだ」








※大変胸糞悪い部分があります。
 まろやかなグロと光り輝く胸糞の二重奏が展開されますのでお気をつけください。




テラート
「―― 私たちは神様の僕。神様はいらっしゃる。
 いつでもどこでも私たちを見守ってくださっている。
 でも、神様は人間を裁けないの。人間を全てをお救いになられるから」

テラート
「だから、私たちが神様の僕として、代わりに人間を裁くの。
 人間が、人間の心を持って。
 生死を決めるのは、全て人間の心。私はそう信じてる」



テラート
「……って、結構変な考えだって言われちゃうのよね、これ。
 だから無理してあなたが信じる必要はないよ」

トリサ
「…………いいや」

トリサ
「その教えで、テラートは私を助けてくれた。
 だから、私もその教えを信じたい。信じるべきだ」










トリサ
「…………」



今、私は物言わぬ死体を見下ろしている。明かりのない部屋で、まだ生暖かい赤を零すそれに目を細める。手に持っている質量の極めて少ない魔法の鎌から、ぽたりぽたりと同じものを零し水たまりを作っていた。

1年。たった1年だけ。あっけないものだった。私の初めての仕事がこれほど簡単なものだとは思わなかった。あれほど私を虐げて、疎んだというのに。私を見るなり顔を青ざめて、死にたくないんだ、助けてくれ、なんて都合の良い命乞いをして。私は10年、助けを求め叫び続けていたというのに。


ティカ
「まだ魔法に危うさこそあれどぉ……
 人の命を刈り取るほどには上達しましたね~」

ティカ
「初めてのお仕事、どうでしたぁ?」



初めての仕事を出したのは私だった。そして、こなすのも私だった。私を虐げた両親が、私はどうしても許せなかった。死の目前まで追い込んでおいて、私のことを探しもせずのうのうと暮らしていた。ティカが暗殺の申し出を行ったが、私がやりたいと頼んだ。
そうして、初めての仕事としてはちょうどいいと、ティカのサポートもあり無事私の復讐は果たされたのだ。


トリサ
「……テラートの言っていることが、よく分かった」



人を殺すことは恐ろしい。人を殺して救済を説くなど、できるものなのか。信じようとしたけれど、躊躇いは私の影を縫っていた。相反する事象であり、本能的に恐ろしいものだと思考する。人は誰しも、それを当たり前だと言うのだろう。


ティカ
「いいえ、まだです。まだ真に理解していませんよ」



トン、と胸を指で突く。暗い部屋の中だというのに、蝋燭の火が揺らめくように瞳が煌めく。だけれどその蝋燭の火は照らすためのものではなく、命を奪う人魂の揺らめきだと思った。直に分かりますよぉ、と笑った彼女は、ゆっくりと母親の死体へと近づいた。


ティカ
「ところでぇ……
 命の数、2つだと思っていたら3つだったんですねぇ」

トリサ
「……え? 殺したのは、父親と母親で……」



私が困惑している間に、ティカは母親の死体に対してある行動を行って。
そうして、ほらほら~と明るい口調でわざわざ私に事実を突きつけてくる。

悪意に満ちた、その笑顔は無邪気と表現するのがふさわしい。


ティカ
妊娠、してましたよぉ。まあ、母体がこのざまですのでぇ……
 私としては都合いいんですが」






トリサ
「…………」





トリサ
――~~―~― ッ!!






持っていた鎌を、力任せに突き立てた。
一度ではなく、二度、三度、四度と。声は出なかった。涙も今更出なかった。
身体を巡る激情が気持ち悪い。何度も何度も短い息を繰り返す。息の数より多く、鎌で斬って刺して裂いて、ぐちゃぐちゃにして、訳が分からなくなって。
私の中でどんどん空白が作られて、その空白を何で埋めればいいのか、よく分からなかった。







テラート
「おかえりなさ……真っ赤!!
 えっ、大丈夫!?」

トリサ
「……テラートはいつも寝ないで外で待っているのか?」

ティカ
「そうなんですよぉ~
 物好きでしょう? 寝てていいって何度も言ったんですがねぇ~」

テラート
「だって怪我して帰ってくるかもしれないし、
 私一人だけ寝ているなんてできないでしょ!」

ティカ
「見つかって怪しまれると困るのでぇ~
 寝ていてほしいのですがぁ~」

テラート
「いーえ、私は一番にお迎えするっていう大役があるの!
 どんな理由であれ譲らないわよ!」

ティカ
「そういうことを言っているんじゃないんですけどぉ~……」



先に着替えを持ってくるわね、と教会の中へ戻っていく。それを外で待つ必要はなかったのだが、どちらも歩み出すことはなく、ティカが私に話しかけた。
きっとこんなにも、月が明るく照らしているから。


ティカ
「……凄いでしょう、あの人。
 人を殺したんですよ、私たち。人を殺せるだけの力があるんですよ。
 だというのに、何の恐怖もなく、絶対の信頼を置いてくれるんです。
 そうして、変わらず純粋に、私たちを友だと説く」



そのときのティカの感情を、どう表現していいのか分からなかった。きっと彼女もまた分からなかっただろう。
だけど語り掛けられた声は、落ち着いていて穏やかだったので。


ティカ
―― 救われたでしょう?

トリサ
「…………」

トリサ
「……あぁ」



そうして、変わらないテラートは扉からひょこ、と顔を出す。手には着替えを持っていた。入ってこないから不思議になって戻ってきたのだろう。
その姿があまりにも愛おしくて、美しくて、毒のように狂わされる。


テラート
「―― トリサ」



テラートが私に与えてくれた名前。
とある偉人の名前と、ここに来た人が3人目だったから3の意味を乗せて。過去の恐怖も傷も取り去って、新しいあなたになればいいと。


テラート
これからも、よろしくね



この純粋な笑顔を。私の命の恩人を。
これからこの先ずっと、守っていける私になりたいと思った。



死をもって生を与える。
ここには生を与える神様がいる。
ならば私は、彼女の説く死を肯定しよう。真っ黒な衣を纏い、余闇に溶ける姿になる。見る人はそこから、一つの存在を想起する。


ティカ
「……その恰好も、様になりましたよねぇ」



ティカが笑う。次の標的はあれですよ~、と上機嫌に指をさす。首を縦に振り、教えてもらった呪文を唱える。



あなたが誰かの生を願うのなら。
あなたが誰かの死を願うのなら。
あなたの願うままに、私を使ってほしい。


―― 私はあなたに仕える死神となろう












「あぁ、この人の家からしょっちゅう怒鳴り声とか何かを殴るような音は聞こえてたよ」
「煩くて困ってたし、怖かったから声がしなくなって助かったよ。あまりにも酷いからお隣に引っ越してきた人はすぐに離れていったよ」
「子供がいなくなったらしいね。逃げて正解だったよあんな家。子は親を無条件に愛する、なんていうけど。あんなもの親でもなんでもなかっただろうにね」

「いなくなってからは静かだったよ。なんなら、ストレスの原因が一個減ったのか、お互いにやり直そうって仲睦まじくなっていたよ」
「子供ができたんだって嬉しそうに話してた。次はいい子に育てようね、大切に育てようね、って会話もしていたさ。多分この辺りはご近所さんは皆知ってるんじゃないかな」


「え、いなくなった子供を探さなかったのか?」



「そりゃあ」




「ボロボロの不細工なぬいぐるがなくなったんなら、
 新しい可愛いぬいぐるみを愛でるのは当然だろ?」






ティカ
「…………」

ティカ
「……この話を聞いたらどんな顔をしますかね、っふふふ……」









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