Eno.355 決闘の天使デスデュエル  記録 - たそがれの頂


「──人の子。まだそうしているのか」


「あれからもう4日経ったぞ」


その決闘裁判では、敗者の遺体は一羽の天使が連れ去ることになっていた。
正しくない者は裁かれ、その骨肉はこの世のどこにも残らない。

墓すら建てられることのない代わり、晒し首だけは免れる。
天使にとっては生命亡き肉塊などとうに意味などなかったが、
それでも人間が重んじた"亡骸"というものの在り方を少しは尊重した。



「どうして戻ってきたんですか」


「お前の父の小指が一本足りないと監査に怒られた」


「ので、拾いに来た。
 戦闘中に切り飛ばされたとかだろうが」


「…………」


「お前、隠し持っているだろう。
 その手にずっと握りしめていたか?」


「腐臭がする」



遺体は誰にも知られることなく、その役割を持つ天使に丁寧に弔われた。

主より慈愛を授かった一羽の天使は、けして人の心が全く分からぬ訳では無い。
死者に寄り添うためのその役割を果たすには、"情"が必要であった。





「花でも供えてみたらどうだ」


「人の子は死者を尊ぶとき、そうするのだろう。
 慰み程度にはなるやもしれんぞ」


「腐肉を愛してやるよりよほど良い」



「花」


「花を摘んできたら、お父さんに届けてくれますか?」


「届けてほしいのか」


「はい」



「そうか」




ただ、その"情"は生者に寄り添うために使われてはならない。






「よろしくお願いします」



一羽の天使は、人の子から小さな野花を預かった。



慈愛。
天使というものは、よく"心"を理由に堕天を選ぶ。

天使を堕とすに足りる愛のかたちとは、決して熱き恋だけのものではない。








『その徒花こそがお前の罪』


『お前には慈悲と慈愛の心が真に在るか?』


『ない。お前は既に要らぬ者』









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