Eno.693 レヴァンダ  ■日記その① - はじまりの場所

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物語の始まりはこうだ。


別に、暗く悲しい話なんて無い。


この世に生を受けた者の末路、生きる意味とは何か。

いずれ等しく訪れる死に、自分は何を遺すのか。

大抵の生物は、子孫を遺す事だろう。

番となり、子を成し、脈々と血を繋いでいく事こそ、生まれた意味である。


果たしてそうだろうか?



***





「うわぁ、とんでもなく高い……というか、本当に空に浮かんでいるんだな」


空に囲まれた島の端で、恐る恐る島の外を眺める青年が1人。
下を覗き込んでは数歩後ずさり、ため息を漏らしている。


「こんな時に使い魔ララが居れば、落ちても大丈夫なのに…どこに遊びに行っちゃったんだか」


「と言っても、ここが空に浮かぶ島だとわかった上で来たのは、僕の落ち度か」


だって面白そうだったんだもの、と再びため息をついて、下を見る。と、


「ドラ!」


「え?」


足元で、黒くてちいこい二つのおめめがこっちを見ている。
青年は、咄嗟に自身の目元を手で覆い、何かを唱えた。


「危ない危ない…どうしたの?君。僕になんか御用?」


目を瞑ったままの青年は、しゃがみ込んで小さな生き物に声をかけた。
お腹の辺りを小突いている様子は、まるで目を閉じていても見えているかのよう。


「ドラ~」


「ドラ?この辺の原生生物かな…」


小突く指に、じゃれつきピョンコする生き物。
言葉は通じぬ相手面白がり、両手で手遊びをする…


「いい事考えた。ここでは、君が目になってよ」


青年は再び何かを唱え、生き物の背中に指で文字をなぞる。


「ドララ?ドラ~!」


「よしよし。君の世界は、全部が大きく見えるね」


生き物は何も起きていないような素振りで、青年の手の中で跳ねまわる。


「君にかけた魔法は、僕に、『見ている世界を共有する』魔法。」


「多分、害はないから。これからよろしくね、…えぇと、カロート?でいいか」


「ドラ~」


カロートと呼ばれた生物、ランドラを肩や頭上に好きにさせ…
青年は、一先ずこの浮島で生活してみる事にした。
彼の日記兼冒険譚に、どんなことが記載されるのか。
空の島に居る事を一旦忘れつつ、庭園の方へと向かうのだった。
 








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