Eno.303 ヌル ある監視者の記憶 - はじまりの場所
献体者の経過観察と監視のため
研究員を一人監視者としてつけることにする――。
と言う上からのお達しで、世話係に任命されてしまった。
拒否?出来るわけがない。そんなことをしたら首が飛んでしまう。
下手したらこの世から抹消されてしまうかもしれない。
こんなイカれた人体実験の片棒を担がされてしまった人間が
何にも知らずに日常に戻ることは許してくれないだろう。
日がな一日監視室とか言う檻の前で
座ってたまに話をすればいいだけだから
1日中頭を悩ませながら働いていた時に比べれば、随分楽な仕事だが。
これを相手にするのは少し調子が狂うのだ。
「おい、お前」
椅子に座り、また何か考え事をしているのか俯くそれに声をかける。
「なんでしょう?」
ぱっとすぐに顔を上にあげて、愛想よく微笑みながら首を傾げた。
こういう人らしい仕草をよくするから
人間を相手にしているのだと錯覚してしまいそうになる。
そのたびに、揺れ動く不気味な尾を見て
そんな考えを捨て去るようにしている。
人間を相手にしているなんて思うと、余計な情が湧きそうでやっかいだ。
「あー…その、体調に変わりはないのか?」
「はい、至って良好です」
「…あ、そう」
いつもこんな会話ばかりで話が続かない。
そんなに話すのが得意でないのにどうしてこんな役目を押し付けられたのか。
とは言え、また報告書にこんな薄っぺらい会話の内容を書いたら
さすがに上に怒られそうだ。今日は何か別の事も話さなければ。
「何か他に会話をした方が良いですか?」
その言葉にあからさまにしかめっ面を返す。
時折、まるでこちらの頭の中を覗いたようなことを言ってくる。
気味が悪くて、嫌で仕方なかった。
「人の頭ン中でも読めるのか?」
「まさか。そんなこと出来ないです」
「…嘘ついて隠してもろくな事にならんぞ。身を持って分かってるだろ」
「本当ですよ」
すり、と手首の包帯を撫でながら困ったように笑う。
その様子に舌打ちをするとますます困ったような顔をしてくる。
「一丁前に痛がる素振りをするんだな」
「素振り、ではないです。痛みはちゃんとあります」
「どうだか。痛みがあるなら検査だなんだの時に黙ってないで訴えるとか、抵抗の1つでもすれば良いだろ」
「サンプルだ~って、爪取られようが、肉取られようがうんともすんとも言わないくせに」
「あなた方は訴えたらやめてくれますか?」
「それに、特に抵抗する理由はありませんので」
それはそうだ、やめるなんてことはしないだろう。
どいつもこいつも子供みたいに目を輝かせて研究に没頭している。
そんな状況でやめる、なんて選択肢を選ぶわけがない。
全員異常な状態だ。
それにこいつもこいつで、異常だ。
痛みを与えても顔色一つ変えることがないのだから。
「…ははっ、それじゃあ理由が出来たら抵抗するのか」
抵抗するようなことが出来るかどうかも分からないが。
万が一そんなことが起ころうとも問題なく抑え込むことは出来るだろう。
超能力を持っているわけでも、身体能力が高いわけでもないのだから。
…あの、尾だけがいまだ未知だが。それだけだ。
「さぁ、どうでしょう」
何を思っているのかは分からないが
眉を下げて少し悲しげに笑った。
…あぁ、本当に調子が狂う。
研究員を一人監視者としてつけることにする――。
と言う上からのお達しで、世話係に任命されてしまった。
拒否?出来るわけがない。そんなことをしたら首が飛んでしまう。
下手したらこの世から抹消されてしまうかもしれない。
こんなイカれた人体実験の片棒を担がされてしまった人間が
何にも知らずに日常に戻ることは許してくれないだろう。
日がな一日監視室とか言う檻の前で
座ってたまに話をすればいいだけだから
1日中頭を悩ませながら働いていた時に比べれば、随分楽な仕事だが。
これを相手にするのは少し調子が狂うのだ。
「おい、お前」
椅子に座り、また何か考え事をしているのか俯くそれに声をかける。
「なんでしょう?」
ぱっとすぐに顔を上にあげて、愛想よく微笑みながら首を傾げた。
こういう人らしい仕草をよくするから
人間を相手にしているのだと錯覚してしまいそうになる。
そのたびに、揺れ動く不気味な尾を見て
そんな考えを捨て去るようにしている。
人間を相手にしているなんて思うと、余計な情が湧きそうでやっかいだ。
「あー…その、体調に変わりはないのか?」
「はい、至って良好です」
「…あ、そう」
いつもこんな会話ばかりで話が続かない。
そんなに話すのが得意でないのにどうしてこんな役目を押し付けられたのか。
とは言え、また報告書にこんな薄っぺらい会話の内容を書いたら
さすがに上に怒られそうだ。今日は何か別の事も話さなければ。
「何か他に会話をした方が良いですか?」
その言葉にあからさまにしかめっ面を返す。
時折、まるでこちらの頭の中を覗いたようなことを言ってくる。
気味が悪くて、嫌で仕方なかった。
「人の頭ン中でも読めるのか?」
「まさか。そんなこと出来ないです」
「…嘘ついて隠してもろくな事にならんぞ。身を持って分かってるだろ」
「本当ですよ」
すり、と手首の包帯を撫でながら困ったように笑う。
その様子に舌打ちをするとますます困ったような顔をしてくる。
「一丁前に痛がる素振りをするんだな」
「素振り、ではないです。痛みはちゃんとあります」
「どうだか。痛みがあるなら検査だなんだの時に黙ってないで訴えるとか、抵抗の1つでもすれば良いだろ」
「サンプルだ~って、爪取られようが、肉取られようがうんともすんとも言わないくせに」
「あなた方は訴えたらやめてくれますか?」
「それに、特に抵抗する理由はありませんので」
それはそうだ、やめるなんてことはしないだろう。
どいつもこいつも子供みたいに目を輝かせて研究に没頭している。
そんな状況でやめる、なんて選択肢を選ぶわけがない。
全員異常な状態だ。
それにこいつもこいつで、異常だ。
痛みを与えても顔色一つ変えることがないのだから。
「…ははっ、それじゃあ理由が出来たら抵抗するのか」
抵抗するようなことが出来るかどうかも分からないが。
万が一そんなことが起ころうとも問題なく抑え込むことは出来るだろう。
超能力を持っているわけでも、身体能力が高いわけでもないのだから。
…あの、尾だけがいまだ未知だが。それだけだ。
「さぁ、どうでしょう」
何を思っているのかは分からないが
眉を下げて少し悲しげに笑った。
…あぁ、本当に調子が狂う。