Eno.357 キョク  とある塔の日々3 - めざめの平原

クローヴァル
「若者の仕事は、大工だった」


いつも通り、大工が庭で金槌を打っていると、ひとりの男が手を振っていることに気がつく。
それは冬場に向けて酒蔵を増築した酒屋の弟子で、大工にとってはつい先日の客だった。

「やあ、おまえさんとこの建屋はほんとに素晴らしいね。
 何より保温が良い、外はこんな空っ風だってのに、薪を焚べれば春でも来たかのようだ。
 おかげで新しい酒の仕込みを試せるよ」

大工ははっとしました。
これは使える。
牡丹は春を知るのに暦を呼んでいるわけではないだろう。
ならばいっそ、閉じた空間に偽の春を造り出してしまえば良いのだ、と。

大工は酒屋の弟子に頼み込み、新築の建屋に牡丹を置いてもらうことにした。
酒屋の弟子も、美しい牡丹の花が見れるなら、悪くない相談だと思った。

夜になると、大工はいそいそと牡丹を酒蔵に運び込んだ。
何かと口答えをしてくるこの牡丹も、夜には眠り落ちるのか、反応がなくなるということを知っていたのだ。

しばらくして、大工は牡丹の様子を確かめることにした。
酒蔵に入り、牡丹のもとへと訪れる。

「やあ牡丹、だんだんと春めいてきたな」

数日前から周囲が打って変わったことを怪訝に思った牡丹は、梅は、桜はどうしたと問う。
大工は答えた。
梅は剪定が終わって、新しい枝が芽吹き始めている。
桜は花弁を散らし、今に散ろうというところだ。
いよいよ、青々とした若葉が顔を出してくる頃。
つまり、次はお前の番だ。だから咲き誇るのに最も良い舞台を整えた。
それがこの場所だ、と。

当然、嘘っぱちだ。
壁を隔てた外は空っ風。
庭にある一本の梅が、黄色い花芽をようやく膨ませた頃。
しかし、お膳立てに気を良くした牡丹は、それに気づくことができなかった。

やがて牡丹は、寒風吹き荒ぶ冬の最中に、
真っ赤な大輪を咲かせることになる——

ちょうちょ
「つ、ついに牡丹が咲くのね!」

クローヴァル
「そうだな。
 今でこそ魔術で植物の成長時期をずらすことは珍しいことではない。
 専門家だともっと無茶なこともできるしな。
 だが、当時の庶民で、魔術師でもない人間がそれを成すのは快挙だろう」

ちょうちょ
「でも、牡丹にウソをついちゃったのが心配なのよ!」

クローヴァル
「その心配については……
 続きを読めばわかる」









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