Eno.240 シルワクス  記憶1 - おだやかな草原

 弟のアラタには、どうやら才能があるらしい。
 次期当主の資格となる精霊眼の素質を有しており、幼い頃から厳しい訓練を受けていた。
 どうあがいても兄のスペアにしかならないだろう、と私は考えていたのだが、アラタはみるみるうちにその実力を伸ばしていく。
 そして、「褒められたいから」という理由だけで、アラタは齢9歳にして精霊眼を発現させた。
 兄が12歳、私が13歳。二人とも歴代でもトップクラスに早い方だったのだが、アラタの記録は歴代で5番目だという。
 ただ、その頃にはアラタの精神は大きく歪んでいたのだろう。成長するにつれて、その様子は顕著に現れた。

 歳不相応に幼い精神、御伽噺に影響された、敵か味方かでしか判別できない価値観。
 勧善懲悪のためなら相手側の事情を考慮せず、透明な殺意を相手に向ける。
 競技騎士として活動していた一年間でついた二つ名は、御伽噺の狂信者
 アラタはすぐに競技騎士をやめたけれど、彼が遺した爪痕は、周囲に大きな影響を与えた。

 その域に至るまでアラタは両親から厳しい仕打ちを受け続けたけども、家族への愛は変わらなかった。
 アラタの読んでいた御伽噺や冒険譚には、家族を肯定する要素が多かった。そのあたりに影響されたか。
 しかし、アラタの異変はそこで終わらない。

 16歳。アラタは妖精眼を発現する。
 これは長いシルワクスの歴史上で、異例の事態だ。
 開祖ニル・ウルティケミアから始まった、ハイエルフの血が色濃く残っていた黎明期でしか見られなかった現象。
 その血が薄まり、人間という種族に馴染んだ今になって起こった事象。
 先祖返りの一種。
 妖精族との共感覚を得たことによって、アラタの価値観はさらに捻じ曲げられた。

 アラタは以前より無邪気な性格になった。
 これも妖精族の影響だろう。
 今からその性格と価値観を再び人間族のものに戻すのは難しいけれど、これ以上成長して厄介なことになる前に、眼に制限をかけることならできる。
 人間とのすれ違いが大きくなる前に。家族でそのように決定した。
 実行に移すのは、家庭内で最も術の扱いに優れた私だった。

 これはみんなで話し合って決めた結果だ。
 けれど、私はアラタの才能をそこで打ち止めにしてしまったことに、罪悪感を覚えるのだ。
 アラタには、ぼんやりと力の制限をかけていることは伝えてある。
 いつか彼が、枷を必要としない時が来るまでは、私が傍にいよう。








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