Eno.303 ヌル  廃棄された報告書 - たそがれの頂

       献体実験報告書

献体者■■■■に対して■■■■■の移植を実施。
結果は成功。献体者■■■■の蘇生を確認。
■因であった多臓器不全は完治しており、
検査の結果は全て正常値であること確認。
また、生前の記憶はない模様。これは想定外の結果である。
この結果は予想外であったが、こちらとしてはとても都合が良い。
しかし言語能力は生前のままであり、意思疎通は取れている。
言語などコミュニケーションを取るための記憶だけは持っているようだ。
■■■■■は人に擬態しているとの報告がある。
うまく人に紛れるために必要なものを残したのだろうか。
不気味なものだ。
移植した■■■■■の影響であるのはまず間違いないだろう。
引き続き観察を続けていくが
下手に記憶が戻らぬよう何を聞かれても答えない方が良いだろう。
それよりも早急に生きた人間への移植も可能であるか確かめなければ。
もし、可能であれば完治不能な病すら克服することが出来るかもしれない。

非常に温厚であるが監視室からの連れ出しは禁止する。
動き回る様子はないが確認が取れるまでは拘束しておくこと。
また、尾には決して触れないこと。

「本報告書は暫定版であり
 正式な報告書は後程作成し、提出する」と走り書きのメモが記載されている。



「こんな事のために献体登録したわけじゃないだろうにな」

「まだ20代だったんだろう?」

「生前も死後も不運なことだ。あぁ、本当に」

実験結果に今だ興奮冷めやらぬ研究員達が口々に思ったことを口にする中、
ミラーガラス越しに見える献体者を一瞥する。
つい数時間前までは生命活動を停止していたソレは
椅子に座り、何か考え事をしているかのように俯いている。

――気味が悪い

そう思い、眉をしかめながら眺めていると
ふと、ソレが少しだけ顔を上げる。



ミラーガラス越しで見えるはずはないのに
人ではなくなった献体者は、
確かにこちらの目を真っ直ぐに見て穏やかに微笑んだ。








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