Eno.435 トリサ Ⅵ:『決意』について - せせらぎの河原
勝手に期待して、勝手に望んだものを与えられなくて、勝手に独りで傷ついている。
あぁ、この人は助けてはくれないのだと。勝手に、一方的に、思い知らされていく。
私は知っているはずだ。踏み込んで手を取り引き上げることの難しさを。
悪意と無関心ばかりのこの世界で、それができる者がどれだけ特別であるかを。
自分の罪を告白した。
後になって思い返すと、自身の信仰の話で熱くなっていたのだと思う。
法は、必要だ。法という秩序がなければ社会は上手く回らない。
だが、法を守るだけでは救われない人がいる。綺麗ごとだけでは人は救われない。
私の信仰する教えは、私の中で絶対だ。それが揺らぐということは、私の存在理由が揺らぐに等しい。
罪を裁いてほしいわけでもなかったと思う。私の罪を裁く者は、私の信じうる神だけでいい。
ただ、純粋に気になったのだ。『対話した者が、裁くべき存在である』場合、どのような反応になるのかを。
結局はここには休暇で来ているから、とうやむやにされてしまった。
望んでいた答えは、帰ってこなかった。
―― いつか、そんな相手ができるといいな
あなたは、なってくれないんだ
対等な関係。友人。そんなものは私にはいない。
そんな相手は、きっとできない。
ここから去ってしまえば、もう会うことはないのだとしたら。
どうしてそんな関係が必要なのだろう。黒い黒衣を纏った何かが、囁いた気がする。
強くならなければならない。もっと世界を知らなくてはならない。
役に立つために。かつての悪意を見返すために。
そして何よりも、捨てられないために。
……いいや、あの人は私を決して捨てることはしない。
確信がある。だから私は尽くす。テラートに救われた命だから。
―― 私は、テラートの駒だ。そのために今この命がある。
今一度、自分の立場を思い起こした。
交流者コーナーは日記書けなさ過ぎて気づいたら交流者多すぎてわかんなくなっちゃった許して
「なんだその目は! 親に歯向かうっていうのか!」
「あなたなんかいらなかった! 生まれてこなければよかった!」
「何でこんなやつ、俺が面倒をみなきゃいけないんだ!」
ごめんなさい、ごめんなさい、痛い、やめて、
「何故俺の言うことを聞かない! 親に向かってなんだその態度は!」
「あぁもう煩い! 泣かないで耳障りなの!」
「この、ぎゃあぎゃあと煩いその声をやめろ ――!!」
こうして夜中に目を覚ますことは何度目だろう。教会の地下室という暗闇の中で飛び起きる。
何度も何度も両親のことを夢に見た。私が生まれてからずっと受けてきた悪意から逃げられない。
治療されたはずの傷が痛む。放っておかれているはずなのに、首にかけられたロープを握られているようだった。
怖い。
痛い。
嫌だ。助けて。誰か――
袖を掴んで引き留める。暗闇で一人になることが怖くて、耐えれそうになくて。
迷惑をかけている自覚はあった。けれど、今あなたがいなくなると、私がどうにかなってしまいそうで。
テラートは私が何をしても決して暴力を振るわなかった。怒鳴ることもなく、いつも暖かく私を包み込んでくれた。
助けた理由も、助けてほしそうな目をしていたからだとはぐらかされる。突き動かされただけだとしか語らない。
全く理解ができないまま、ただただこの人は私を助けてくれる。
この人だけは。
何があっても、私を助けてくれるんだ。
この人は何度も抱きしめて、何度も歌ってくれた。
そのたびに大丈夫と言ってくれた。
優しくて、暖かい……私の命を救ってくれた恩人は、私が欲しかったものを全て与えてくれた。
私のせいで、迷惑をかけている。
分かりきったことだ。テラートが日中眠そうにしていることも、教会を午後から休みにしたことも、全て私のせいだ。
私なんかが生き延びてしまったから。
私なんて、あそこで死んでいた方が。
ティカのそれは忠告のようだった。怒りを孕んだその瞳は、不思議と目が逸らせなかった。
そこから目を逸らすということは、私が受けた『奇跡』を踏みにじる行為にも等しいと思って。
だからか。すんなりと、その言葉が自分に入ってきて、受け入れることができた。
何も教えられることなく育った。何もできないまま大きくなった。
読み書きもテラート達から習い始めた。何かを返したいのに、私は迷惑をかけることしかできない。
目の前の人が悩んでいる。それからいいことを思いついたと、口端を釣り上げた。
悪意を嗅ぎ取る力はある。
今まで悪意ばかり受けてきたから、良くない感情には敏感だ。
目の前の人の言葉通りにすることで、私自身に何か不利益があるかもしれない。
何か良くないことに巻き込まれるのかもしれない。
だけど、少しでも役に立てるのならば。
私が受けた恩を返せるのであれば。
私は、応えたいと思った。
あぁ、この人は助けてはくれないのだと。勝手に、一方的に、思い知らされていく。
私は知っているはずだ。踏み込んで手を取り引き上げることの難しさを。
悪意と無関心ばかりのこの世界で、それができる者がどれだけ特別であるかを。
自分の罪を告白した。
後になって思い返すと、自身の信仰の話で熱くなっていたのだと思う。
法は、必要だ。法という秩序がなければ社会は上手く回らない。
だが、法を守るだけでは救われない人がいる。綺麗ごとだけでは人は救われない。
私の信仰する教えは、私の中で絶対だ。それが揺らぐということは、私の存在理由が揺らぐに等しい。
罪を裁いてほしいわけでもなかったと思う。私の罪を裁く者は、私の信じうる神だけでいい。
ただ、純粋に気になったのだ。『対話した者が、裁くべき存在である』場合、どのような反応になるのかを。
結局はここには休暇で来ているから、とうやむやにされてしまった。
望んでいた答えは、帰ってこなかった。
―― いつか、そんな相手ができるといいな
あなたは、なってくれないんだ
対等な関係。友人。そんなものは私にはいない。
そんな相手は、きっとできない。
ここから去ってしまえば、もう会うことはないのだとしたら。
どうしてそんな関係が必要なのだろう。黒い黒衣を纏った何かが、囁いた気がする。
強くならなければならない。もっと世界を知らなくてはならない。
役に立つために。かつての悪意を見返すために。
そして何よりも、捨てられないために。
……いいや、あの人は私を決して捨てることはしない。
確信がある。だから私は尽くす。テラートに救われた命だから。
―― 私は、テラートの駒だ。そのために今この命がある。
今一度、自分の立場を思い起こした。
「なんだその目は! 親に歯向かうっていうのか!」
「あなたなんかいらなかった! 生まれてこなければよかった!」
「何でこんなやつ、俺が面倒をみなきゃいけないんだ!」
ごめんなさい、ごめんなさい、痛い、やめて、
「何故俺の言うことを聞かない! 親に向かってなんだその態度は!」
「あぁもう煩い! 泣かないで耳障りなの!」
「この、ぎゃあぎゃあと煩いその声をやめろ ――!!」
トリサ
「―― っ!!」
「―― っ!!」
こうして夜中に目を覚ますことは何度目だろう。教会の地下室という暗闇の中で飛び起きる。
何度も何度も両親のことを夢に見た。私が生まれてからずっと受けてきた悪意から逃げられない。
治療されたはずの傷が痛む。放っておかれているはずなのに、首にかけられたロープを握られているようだった。
怖い。
痛い。
嫌だ。助けて。誰か――
テラート
「あら、起きちゃった?」
「あら、起きちゃった?」
トリサ
「…………テラート、」
「…………テラート、」
テラート
「それじゃあせっかくだからホットミルクでも飲む?
夜中に飲むホットミルクは格別なのよ。作ってくるわね」
「それじゃあせっかくだからホットミルクでも飲む?
夜中に飲むホットミルクは格別なのよ。作ってくるわね」
トリサ
「……まって、」
「……まって、」
トリサ
「……いかないで、」
「……いかないで、」
トリサ
「一人に…………しないで……」
「一人に…………しないで……」
袖を掴んで引き留める。暗闇で一人になることが怖くて、耐えれそうになくて。
迷惑をかけている自覚はあった。けれど、今あなたがいなくなると、私がどうにかなってしまいそうで。
テラート
「ちゃんと言えてえらいえらい。
それじゃ、また今度にしましょっか。
それこそ、怖くない夢を見たときにでも」
「ちゃんと言えてえらいえらい。
それじゃ、また今度にしましょっか。
それこそ、怖くない夢を見たときにでも」
トリサ
「…………、」
「…………、」
テラートは私が何をしても決して暴力を振るわなかった。怒鳴ることもなく、いつも暖かく私を包み込んでくれた。
助けた理由も、助けてほしそうな目をしていたからだとはぐらかされる。突き動かされただけだとしか語らない。
全く理解ができないまま、ただただこの人は私を助けてくれる。
この人だけは。
何があっても、私を助けてくれるんだ。
トリサ
「…………ぅう、っあぁぁ……」
「…………ぅう、っあぁぁ……」
テラート
「うんうん、怖かったね。
痛かったんだね、苦しかったんだね。もう大丈夫。私が傍にいる」
「うんうん、怖かったね。
痛かったんだね、苦しかったんだね。もう大丈夫。私が傍にいる」
テラート
「私があなたを、あなたの怖いものから全部守る。
だから、大丈夫。大丈夫だよ」
「私があなたを、あなたの怖いものから全部守る。
だから、大丈夫。大丈夫だよ」
この人は何度も抱きしめて、何度も歌ってくれた。
そのたびに大丈夫と言ってくれた。
優しくて、暖かい……私の命を救ってくれた恩人は、私が欲しかったものを全て与えてくれた。
ティカ
「…………」
「…………」
ティカ
「……あの人、そろそろ身体を壊しますよ」
「……あの人、そろそろ身体を壊しますよ」
テラート
「ふぁ……流石に眠たいわね」
「ふぁ……流石に眠たいわね」
ティカ
「ロクに眠れていませんし~……礼拝の方はこちらで対処しておきますから、
今日のお昼は一度ゆっくり眠ってこられてはどうでしょうか~」
「ロクに眠れていませんし~……礼拝の方はこちらで対処しておきますから、
今日のお昼は一度ゆっくり眠ってこられてはどうでしょうか~」
テラート
「そうしたいけれど、
何故か私に懺悔を聞いてほしいって人が多いでしょう?」
「そうしたいけれど、
何故か私に懺悔を聞いてほしいって人が多いでしょう?」
ティカ
「いいから無理しないでください。
来ている人には私が休ませていると言っておきますから」
「いいから無理しないでください。
来ている人には私が休ませていると言っておきますから」
テラート
「そっくりそのまま、あなたに返したいわ。
あなたもロクに寝ていないでしょうに。私だけ休むなんて、不公平だわ」
「そっくりそのまま、あなたに返したいわ。
あなたもロクに寝ていないでしょうに。私だけ休むなんて、不公平だわ」
ティカ
「私は……別に、そこまで眠らなくても大丈夫な体質ですので。
あなたはそうではないでしょう?」
「私は……別に、そこまで眠らなくても大丈夫な体質ですので。
あなたはそうではないでしょう?」
テラート
「なので、今日はお休みにしましょう!
教会は本日午後はお休みにします!」
「なので、今日はお休みにしましょう!
教会は本日午後はお休みにします!」
ティカ
「あっそう来ます?」
「あっそう来ます?」
トリサ
「……やっぱり、テラート……無理、してるの?」
「……やっぱり、テラート……無理、してるの?」
ティカ
「あなたのせいですよ。無理は……していないでしょうけど……」
「あなたのせいですよ。無理は……していないでしょうけど……」
私のせいで、迷惑をかけている。
分かりきったことだ。テラートが日中眠そうにしていることも、教会を午後から休みにしたことも、全て私のせいだ。
私なんかが生き延びてしまったから。
私なんて、あそこで死んでいた方が。
ティカ
「―― あなたは本来、救われるはずのない命だったんですよ。
えぇ、だって、この私がそう判断したのですから」
「―― あなたは本来、救われるはずのない命だったんですよ。
えぇ、だって、この私がそう判断したのですから」
ティカ
「ですが、テラートがあなたをどういうわけか救った。
いえ、理由なんて分かりきっている。
あなたを助けたいと強く願ったことで、彼女の法力が奇跡を起こした。
それだけに聞こえますが、それだけではない」
「ですが、テラートがあなたをどういうわけか救った。
いえ、理由なんて分かりきっている。
あなたを助けたいと強く願ったことで、彼女の法力が奇跡を起こした。
それだけに聞こえますが、それだけではない」
ティカ
「人が起こし得ない奇跡を、あの方は起こした。
死の運命を捻じ曲げるほどの、強い意志と感情で。
それを受けたあなたが、その命を無碍にすることは絶対に許さない」
「人が起こし得ない奇跡を、あの方は起こした。
死の運命を捻じ曲げるほどの、強い意志と感情で。
それを受けたあなたが、その命を無碍にすることは絶対に許さない」
ティカのそれは忠告のようだった。怒りを孕んだその瞳は、不思議と目が逸らせなかった。
そこから目を逸らすということは、私が受けた『奇跡』を踏みにじる行為にも等しいと思って。
だからか。すんなりと、その言葉が自分に入ってきて、受け入れることができた。
トリサ
「……私は、本当に感謝しても、しきれない……
だから、あの人の迷惑になることは、耐えられない……」
「……私は、本当に感謝しても、しきれない……
だから、あの人の迷惑になることは、耐えられない……」
トリサ
「……だけど、私には何もない。
力も、知恵も……私には、何一つできることが、ない」
「……だけど、私には何もない。
力も、知恵も……私には、何一つできることが、ない」
何も教えられることなく育った。何もできないまま大きくなった。
読み書きもテラート達から習い始めた。何かを返したいのに、私は迷惑をかけることしかできない。
目の前の人が悩んでいる。それからいいことを思いついたと、口端を釣り上げた。
ティカ
「…………」
「…………」
ティカ
「――、」
「――、」
悪意を嗅ぎ取る力はある。
今まで悪意ばかり受けてきたから、良くない感情には敏感だ。
目の前の人の言葉通りにすることで、私自身に何か不利益があるかもしれない。
何か良くないことに巻き込まれるのかもしれない。
だけど、少しでも役に立てるのならば。
私が受けた恩を返せるのであれば。
ティカ
「―― 魔法を扱ってみませんかぁ?
人間は魔法石などの外部魔力を用意すると、
努力次第で誰でも魔法が扱えると言いますしぃ……
根気はありそうですから、教えてあげますよぉ」
「―― 魔法を扱ってみませんかぁ?
人間は魔法石などの外部魔力を用意すると、
努力次第で誰でも魔法が扱えると言いますしぃ……
根気はありそうですから、教えてあげますよぉ」
私は、応えたいと思った。
ティカ
「―― テラート様の、お役に立ちましょう?」
「―― テラート様の、お役に立ちましょう?」