Eno.471 アニア・ナムティア  乱れた手記 - Ⅰ - はじまりの場所




沢山の〝偶然〝を覚えている。
これまでの人生で出会った、 色々な形の出来事について。





「     」


初めて言葉らしきものを喋ったのは、1歳になる前のこと。
父が語る思い出話の合聞に聞こえた、ほんの短い呟きからの引用。
何を意味するでも無い幼い生命が呻いた音について。



「     」


初めて剣を握ったのは、3歳の時。
母が留守にしている間のこと、ほんの無邪気な好奇心から。
テーブルに立て掛けてあった"それ"を両手で抱えた瞬聞の、得も言われぬ重さと冷たさ。
両親の優しい掌とはまるで違う、怖いほどに鋭い感触と
倒れかかったきた"それ"に付けられた痛みに震え立った自分について。



「     」


初めて"冒険者"という存在を知ったのは、4歳の冬の頃。
家を代わる代わるで留守にしがちだった両親が
外の世界で何をしているのかを知った、一番最初の時。

誇らしげで、でもどこか、疲れた様子ばかりを浮かベていた母の顔。
それを理解できす、ただ喜びのままに彼女の胸へと飛び込んで
その度に母の衣服から感じる臭いが、いつも違っていたことの記憶。



「     」


初めて生き物を殺したのは、7歳の夏の頃。
父に手渡された小さな刃物、輝く切っ先に撫で付けられて血に濡れた
毛むくじゃらの獣の穏やかな表惰と、むせ返るような濃い色の臭い。
子供ながらの底抜けた想像力の中で、何かが弾けたような感覚がしたあの時のこと。







初めて母とお別れをしたのは、8歳の冬。
深々とした、白い雪の積もる夜のこと。

私の人生から生じた、黒い煤の1つ。










沢山の"偶然"を覚えている。
これまでの人生で与えられた、色々な幸連と不運について。

そこに往き付く手前のことは、さっぱり忘れかけている。
何も意味の無いことで、何も覚えていたくないことで
今の私にとっては、何の価値も無いものだから。








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