Eno.220 水縹  定めなきもの(再) - おだやかな草原

※消失したので記憶を頼りに再生成しています

仙は山で成る。
仙が成る瞬間を目の前で見た者は一人も居らず。
ただ成った気配を辿って山へ入ればその地に落ちた姿を見つける。
その身の由来に因んだ名を仙の長より与えられる。
そうしてそれは仙とされる。
山有る限り、仙に定めはない。

……

『いいかい、水縹』
『人の命には、定められた死が必ず存在している』
『それをね、歪めてはならないと私は思うんだ』
『もしそれが出来たとしても、私はあるがままの命を見守って、また出会いたいと思うから』
『……もちろん、別れは寂しいけどね』

「人に定めの無い命は、無いのですか?」

『無いことは無いかな。けれどもしもあったとしたら、それは』

……


川辺りの岩に腰掛け、足を水へとつける。
この身に流れるものとは異なる瀬音が交じり、溶け合い、心地良さを感じる。

腕の中でちたちたと小さな手足をうごかしている可愛らしいお仲間をあやしつつ、手のひらに少しだけ掬い取ってぽってりとした身に引っ付いた口元へそっと近づける。
嬉しそうにこくこくと水を飲み干してにこにことしている姿を見ていれば、自然とこちらも表情が和らぐもので、


「ランさんにもよい水でしたか。ふふ、それはなによりです。」


瀬音を通じ伝わる水の清浄さ、風味、温度。
その中を揺蕩う水草、苔。魚や虫。
きっとここはよき水場なのだろうと。


「これだけよい水なら辺りに生える草花にも期待がありそうだ、ランさんにも是非お手伝いをお願いしますね。」


どら!と腕の中でやる気満々のお返事とぺふぺふと手を叩く姿はとても愛らしい。
本格的に探索が始まれば少し忙しくなるだろう。今日はまだやる気はとっておきましょうねと膝の上で落ち着かせて。


「あと美味しいおさかなも」


鮎に雨子に山女魚に岩魚、川グルメに思いを馳せる。
きっとつりんちゅのお嬢さんともまたここで会えるだろうし、定期的に訪れてみようか。
そんな事を考えつつそっと水面を見下ろせば、川辺に茂る木々と高い空が日に照らされた光の合間に映り込む。


「……綺麗な水、だったな」


ほう。と息をつくところころと手のひらの上でシェルを転がしながら。
自然に由来を持つ自身にとってその魔法は何となく心が落ち着くものだった。



季節の魔法を扱い、自然を好むと話した術師。
巡らぬ命を持ち、鬼と自身を称した術師。

あの時迷って、言わなかった言葉を思い返し。


「……ふふ。大丈夫ですよ、ランさん」


こちらの表情を見ていたのか、ちらちらと伺うように見上げるお仲間に小さく首を横に振って、シェルを仕舞うと笑いかけながら頭を優しく撫でる。

教え伝えられた正しさやら道理がどうあるとも。
こんなにも穏やかな場所で、遠い遠い在りし日を共に過ごしたのであろうひとを懐かしむようなその表情に、そのような言葉は掛けたくない。
あの時も今も、確かにそう思った。


「また、出会えるといいですねぇ」


ふわり、と肩に掛けていた羽衣が風に揺れる。








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