Eno.435 トリサ  Ⅰ、Ⅱ 再録 - いろどりの山道

※飛んだ日記のⅠ、Ⅱの過去パート部分の再録です。
 目新しい話はありません。一度読んだことがある人は再度ヒステリック親の悲鳴から入る日記に想いを馳せることになるのでご注意ください。







Ⅰ:『これ』について


「あなたなんで家に帰ってきたのよ!」
「ここは俺の家だ! お前こそ何で家に居るんだ!」
「はぁ!? それが自分の嫁に対する態度!? 誰が『これ』の面倒を見てると思ってんのよ!」
「お前が産んだからだろ! お前が『これ』を産まなかったら良かっただけだろ!」
「誰のせいで『これ』を産むことになったと思ってるのよ!? 私だけの責任だって言いたいの!?」



……私が生まれてから、ヒステリックな親の声を聞かなかった日はない。
両親の仲は悪く、いつも何かと口論をしていた。そこに居るのが気に入らないから。顔も合わせたくないから。当てつけでしかない理由でお互いを攻撃して、それでも二人は離婚はしなかった。金銭的、生活的な問題で仕方なく共に暮らしていたのだろうが、真相は知らない。


「…………っ」


いつだって私は2人の視界に入らないように縮こまっていることしかできなかった。
できるだけ2人の前から存在を消すしかなかった。両親の目に留まれば最後、その怒りの矛先は私に向くからだ。ぎゅっとボロ布同然の服を強く握り、嵐が過ぎ去るのをただ待ち続ける。そんな地獄のような日々を過ごしていた。



父親は仕事で日中は家に居ない。母親も、家を留守にすることは多かった方だろう。
外に出ることは許されなかった。外に出れば最後、酷い仕打ちが待っている。逆らうと痛い目に合うとよく思い知らされていた私は、逃げようと考えることもなかった。逃げ出したとして、生きていけるとも思えなかった。


「いいからお前は何もするな」
「俺の視界に入るな、目障りだ」
「生かしてもらえてるだけありがたいと思え」
「本当にお前は使えない」
「お前なんか生まれてくるんじゃなかった」



これはまだ、二人が落ち着いているときの私に対する言葉だった。
そうして私は何もできないまま大きくなった。文字の読み書きもロクにできない、魔法も使えなければ誰かの役に立つ行動一つできない、無知で無力な子供として育つことになった。




Ⅱ:『痛み』について


「大きくなってもほんとに使えないわねお前は!」
「ご、ごめんなさい、ごめ――」

「お前はいっつもいっつも謝ってばっかり! もう聞き飽きたのよ上辺だけのごめんなさいは!」
「ごめ、なさい! ごめ……なさ、」

「お前みたいなのが生まれてきたから私だってロクに遊びに行けないし満足に食べていけないのよ! 何でこんなやつが私たちに迷惑かけて生きてるわけ!? 死んでくれたらいいのに!」
「……ごめ…………、ぃ゛、あ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛!!


何度も蹴られて、殴られて、暴言を浴びせられ、痛みに耐えた。
血を流すことなんて日常茶飯事。酷い時には火で炙られて火傷を負ったし、満足に身体を動かせなくなったこともあった。適切な処置がされず、そのまま放置された私の身体は今でも沢山の痣と傷跡が残っている。きっと一生治ることはないのだろう。


大きくなればなるほど暴力と育児放棄は酷くなった。何もできないまま大きくなり、外へも出してもらえない私は親の力がなければ生きていけなかった。10歳になった頃には、ロクに食事が貰えない日々が続いた。
今までは耐えることができた。耐えて、生きて、また痛みに耐えてを繰り返すことができた。立ち上がろうとすればまだ立ち上がれる。けれど、痛みに悲鳴を上げそうになる。青く変色した打撲痕が視覚としても主張してくる。いよいよどうにかなりそうになって、初めて恐ろしくなった。



―― 私はこのまま死ぬのではないか?



「―― ひ、」


実感してしまえば、息が上手くできなくなった。殺される、死んでしまう。ようやくここで己の死がすぐそこまで迫っていることを理解した。
嫌だ。怖い。死にたくない。生命としての、当たり前の切望。どれだけ痛めつけられ、自身を否定されても死ぬことは、怖い。死にたくない、このまま死んだとして、親は私のことをどう思うか。悲しむわけなどない。むしろ私がいなくなって喜ぶまである。嫌だ、そんなの、嫌だ。


そうして。私はあっさりと、逃げ出すことができたけれど。
その行動は、あまりにも遅すぎた。








<< 戻る