Eno.371 リン  身勝手な怠惰 - ひかりの森

剣と魔法と銃があれば人は勝手に争う。

我々こそが正義なのだと、大義はこちらにあると、
そんな世迷言を信じて疑わず、多国間で日夜小競り合いを続けるのが
私が元々居た国であり、世界である。

多分に漏れず私の父もそうであった。
少々他と違う所があるとすれば、その大層な理念を貫き通して
イヴァン・ダニーロヴィチ・ナシノフスキー大佐と呼ばれる立場にいた事だろう。

くそったれにありがたい事で、幼い頃から士官として指揮をする為の知識と
その才覚が無かった時に備えて兵としての教育を受けてきた。

将校過程を最年少で終えた時に初めて大佐殿の誇らしげな笑顔を見たが、
結果的に言えばその教育で出来上がったのはニーナ・イヴァノヴァ・ナシノフスカヤ少尉。
期待を大きく下回る少尉止まりの人間だ。



剣や銃に関しては分かりやすいが、魔法に関しては世界が違えば在り方も違うようだ。
例えば魔法を唱えて何処にいても狙った標的へ攻撃が出来るのかといえばそうではない。
視覚化されていないが、距離という概念が確かに存在する。
何の疑問も持たずそんなあやふやな代物を当然のように行使する上のやり方は好かない。

出来る事をやれと言うには、出来ない事も理解しなければならない。

様々な攻撃、防御、支援、妨害、治癒の魔法はあるが
最大出力は間違いなく超近距離であるというのが元の世界で私が導き出した答えである。
魔法という分野を言語化するのは少々骨が折れるが、要するに水みたいなモノだ。
遠くに水を掛けるには相応の出力が必要だが、すぐ傍だと考えれば話は別。

それが反映されたのが私の率いる小隊。
自己強化というこれ以上ない程の超近距離魔法を用いた『チキンレース』の異名を持つ小隊だ。

互いに魔力を10と仮定すれば、攻撃魔法は距離に阻まれて8程度の出力になるが
自己強化は10ある魔力を10発揮する事が出来る。その僅かな差で勝利してきた。
私が魔法を塊にして投げているのを不思議そうにしていた者達への回答としてはこうだ。

対象へと届ける為に撃ち出す分の魔力が無駄で、出力が減るので投げている。



私の小隊にいた連中はお気楽な奴らばかりであった。
有利であれば勿論の事、五分の状況であっても魔法運用の差が功を奏して勝利する。
そもそも私が指示を出して不利な状況など出来るハズもない。そう思われるだけの信頼は得ていた。

彼らはアホなので夢物語をよく口にしていた。
平和になった後の話だとか、戦わなくても望んだモノが手に入れば良いだとかそういう話。
そんなモノどちらが先に始めたのかもよく分からない報復の応酬となっている戦場が否定している。

相手が居なくなるまで根絶やしにすれば可能かもしれないが、そうなると次は相手が内側に出来るだけだ。

そう返すと決まって、少尉殿はもう少し夢を見た方が良いだとか
何もしなくて望んだモノが手に入る世界があっても良いだとか、上官の意見に反論して来たので
軍規違反者達にはその場でビンタをお見舞いしてやるのが一連の流れとなっていた。

彼らの最期は呆気ないモノであった。
私が中尉となる話が持ち上がり、別の部隊との顔合わせをしていた頃に
後任の無能が指揮を執り、そのまま帰って来ることはなかった。
従来通りのお堅い戦術とやらを披露したらしい。

やってられるか。



異世界への移動手段は知っていた。
そういった貴重なモノを手に入れたと軍部で話題になっていたのを聞いていたからだ。
いい加減このくそったれな国も世界も、どうでも良くなって来たので捨ててやる事にした。

さて、そうは決めたが別の世界で何をすればいいのだろうか。

リン
「面倒な事さえ無ければなんでも良いか……」


少しだけ夢を持ってどうせ、いつかは滅びる国を後にした。


別の世界へと移り、お偉い親父殿への当てつけとして今はリンと名乗っているのだが、
当の本人とは文字通り住む世界が違うので気づきようも無いだろう。

ニーナ・イヴァノヴァ・ナシノフスカヤ(Нинель・Ивановна・Насиновская)
父称と姓の頭文字を名前から消して『нель』
そこから文字を入れ替える事でリン(лень)怠惰を意味する言葉であります大佐殿。









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