Eno.663 ジオグリス=エーレンベルク 天に居るあなたへ - まぼろしの森林
「神様、どうか、」
神が存在するとして、それが人に救いを齎すものとは到底思えない。
居るか居ないか、で言えば俺は前者の考えではあるのだけれど。
「乗り越えられる強さをください、
試練をください、足を止める理由を奪って、」
神は何も与えてくれることは無い。ただ、人々の行いを見ているだけだ。
見守ってくれているのだ、と縋ることで心を繋いでいた節はある。
ひとのための神が存在するのなら、"雪崩"など存在しない。
ひとの罪を罰するために怪物が生まれたのなら、俺の村より先に滅ぼすべき場所があるはずだ。
これは独り言だ。誰に向けるわけでもないような。
心の中にしか存在し得ない、都合の良い存在への。
神様、どうか俺を救わないでください。
救いを与えられたら足を止めてしまう。
それで良いのだと、納得して、安堵して、縋りついて、進むことを止めてしまう。
もういいや、と。
「俺はそれが嫌なんです、」
諦めたくない。立っていたい。歩いていたい。
自分を突き動かすのはちっぽけな矜持だ。
だってそうだ、諦めていい。
天災扱いの怪物に挑むなど自殺行為以外の何物でもない。
生き延びたことを喜んで、新しい道を進めばいい。当たり前だ。それが自然だ。
終わったことを、終わってしまった事をそのまま過去のものとして未来を歩めばいい。
それが出来ない。しない。したくない。諦められない。全てが。
妹が死んだのも、村が滅んだのも、みんなが傷ついたのも、全部全部全部、
殺してやりたい。消してやりたい。なかったことにしてやりたい。なにを?
そうすることでしか晴れることはない。
ただただ自分が真に楽になるために、先の見えない道に足を踏み込んだ。
止めていいんだ、こんなもの。正気じゃない。
それでも。
俺は、
「足を、止めたくない……」
満足して、もう大丈夫だと俺自身が思えるようになるまでは。
罰も要らない。救いも要らない。進むべき道を照らす導がほしい。
確実に殺すための力が欲しい。知恵が欲しい。耐えうる心が欲しい。
神は何も応えないし与えない。
だからこれは、ただの独り言だ。
「……」
「強くなりてえな……」