Eno.743 アルフレッド・G・サイアーズ 序章 - ひかりの森
花の命は短いと言うが、俺は彼らに生を謳歌させることすらできない。
日々剣の鍛錬と学業に励む俺がそれに目をつけたのは、どういう運命のいたずらだったのだろうか。
いつもなら気に留めることのない庭師の作業。あの日はなぜだかそれに興味が湧き、気まぐれにその作業を見物することにした。
小さな芽に水をやり、育った植物には剪定をし、肥料の入った重い袋を運び……。最初こそ俺に気を遣っていた様子だった庭師が、次第に己が世話をする植物の様子のみに集中し、忙しなく働いていく。
その表情はまるで我が子を慈しむ父親のようだった。
それからしばらく、俺は庭を通るたびに彼が育てている草花の様子を窺った。
毎日気にしていてもさしたる変化は感じられないだろうかと思っていたが、なかなかどうして植物の成長というのは早いものだ。
葉が増えたな、などと思い自然と頬が緩む自分に気づいた時は驚いた。
そうして、小さかった芽が育ち、見事な花が咲いた時の喜び。
何もしていない俺が、なぜだかささやかながら達成感を覚えたほどだ。
そんな俺を見ていた庭師が、ある鉢植えを渡してきた。
「良かったら坊っちゃんも育ててみませんか?」と。
それは、ずんぐりと丸く無数の棘が生えた、見たこともない植物だった。「サボテン」と言うらしい。
「これはまだ成長するのか?」
小さめながらこれ以上どう成長するのか想像できなかった俺は問うた。縦に伸びるのだろうか?
すると庭師は言った。上手に育てればいくつか花が咲くのだと。水を適度にやるだけで育てられるから、初めて育てるにはお勧めだということだった。
それから俺とサボテンの生活が始まった。
朝まずサボテンの姿を確認し、部屋を出る前にも振り返り、帰ってきたらサボテンの元へ行きまた様子を見る。
土が乾いているようだったら水を鉢からこぼれない程度にやる。
直射日光が当たらないように気をつけつつ日に当て、急な温度変化がないよう気をつける。
庭師に教わった育て方に加え、自分でも図書室に足を運びサボテンの育て方を調べ、慎重に育てた。
庭に咲いている花々のように目に見えた変化はないが、毎日眺めていても飽きなかった。
丸いその身から生えた蕾が膨らみ、赤い花弁が開いた時の気持ちはとても言葉にできない。
その後起きた出来事についての気持ちも言葉にできない。
俺は見事花を咲かせたサボテンを労るように過度に世話を焼いたのだろう。
いつものようにそこにいるサボテン、しかし違和感を覚え指でそっとつついてみると、ぐにゃりとその身がへこんだ。
いつの間にか中身が腐っていたのだ。
庭師に聞いたところ、水をやり過ぎると腐ってしまうらしい。
「残念ですが、それだけ坊っちゃんが愛情を注いでやった結果ですよ。気を落とさないでください」と言われた。
その後も俺は庭師に勧められ育てるのが簡単だという植物をいくつも育てたが、最初のサボテンのように花が咲ききることは一度もなかった。
諦めず俺は様々な花を育てた。
書物を読み漁り、庭師の助言を聞き、水をやり過ぎたと思ったら次は控え、それでも駄目ならその度合が極端だったと反省し調整し──しかし、今日に至るまで俺が上手く花を育ててやれたことはない。
それでも俺が花を育て続けるのは、なぜか。
いくつかそれらしい理由は思いつくのだが、この気持ちもやはり、言葉にできない。
日々剣の鍛錬と学業に励む俺がそれに目をつけたのは、どういう運命のいたずらだったのだろうか。
いつもなら気に留めることのない庭師の作業。あの日はなぜだかそれに興味が湧き、気まぐれにその作業を見物することにした。
小さな芽に水をやり、育った植物には剪定をし、肥料の入った重い袋を運び……。最初こそ俺に気を遣っていた様子だった庭師が、次第に己が世話をする植物の様子のみに集中し、忙しなく働いていく。
その表情はまるで我が子を慈しむ父親のようだった。
それからしばらく、俺は庭を通るたびに彼が育てている草花の様子を窺った。
毎日気にしていてもさしたる変化は感じられないだろうかと思っていたが、なかなかどうして植物の成長というのは早いものだ。
葉が増えたな、などと思い自然と頬が緩む自分に気づいた時は驚いた。
そうして、小さかった芽が育ち、見事な花が咲いた時の喜び。
何もしていない俺が、なぜだかささやかながら達成感を覚えたほどだ。
そんな俺を見ていた庭師が、ある鉢植えを渡してきた。
「良かったら坊っちゃんも育ててみませんか?」と。
それは、ずんぐりと丸く無数の棘が生えた、見たこともない植物だった。「サボテン」と言うらしい。
「これはまだ成長するのか?」
小さめながらこれ以上どう成長するのか想像できなかった俺は問うた。縦に伸びるのだろうか?
すると庭師は言った。上手に育てればいくつか花が咲くのだと。水を適度にやるだけで育てられるから、初めて育てるにはお勧めだということだった。
それから俺とサボテンの生活が始まった。
朝まずサボテンの姿を確認し、部屋を出る前にも振り返り、帰ってきたらサボテンの元へ行きまた様子を見る。
土が乾いているようだったら水を鉢からこぼれない程度にやる。
直射日光が当たらないように気をつけつつ日に当て、急な温度変化がないよう気をつける。
庭師に教わった育て方に加え、自分でも図書室に足を運びサボテンの育て方を調べ、慎重に育てた。
庭に咲いている花々のように目に見えた変化はないが、毎日眺めていても飽きなかった。
丸いその身から生えた蕾が膨らみ、赤い花弁が開いた時の気持ちはとても言葉にできない。
その後起きた出来事についての気持ちも言葉にできない。
俺は見事花を咲かせたサボテンを労るように過度に世話を焼いたのだろう。
いつものようにそこにいるサボテン、しかし違和感を覚え指でそっとつついてみると、ぐにゃりとその身がへこんだ。
いつの間にか中身が腐っていたのだ。
庭師に聞いたところ、水をやり過ぎると腐ってしまうらしい。
「残念ですが、それだけ坊っちゃんが愛情を注いでやった結果ですよ。気を落とさないでください」と言われた。
その後も俺は庭師に勧められ育てるのが簡単だという植物をいくつも育てたが、最初のサボテンのように花が咲ききることは一度もなかった。
諦めず俺は様々な花を育てた。
書物を読み漁り、庭師の助言を聞き、水をやり過ぎたと思ったら次は控え、それでも駄目ならその度合が極端だったと反省し調整し──しかし、今日に至るまで俺が上手く花を育ててやれたことはない。
それでも俺が花を育て続けるのは、なぜか。
いくつかそれらしい理由は思いつくのだが、この気持ちもやはり、言葉にできない。