Eno.663 ジオグリス=エーレンベルク  英雄とは、 - はじまりの場所



教会に集まっている人以外はどうなっていたのか解らなかった。
遅れた。完全に。もっと早く跳ぶ決意をしていれば?
直に黒ずんだ灰が押し寄せてくる。そうしたら俺達は終わりだ。

偏屈婆さんの怒号を背に、祀られていた杖を奪うように手に取って。

これだってそう言われる程有難いものじゃない。珍しいものであるだけで。





紡ぐ。紡ぐ。紡ぐ。
増幅の詰められたそれを媒介すれば範囲を広げられる。

できる、と結論付けたことだった。
証明する機会など来なくてよかった。

限定するのは人間。除外するのは、かの獣。
式を補助に、ただ確実に。成功させなくてはいけない。

自分は何のために妹を死なせたのだ。




"雪崩"の影響下に陥ったある村からの生存者、その数12名。
内2名は負傷が酷く命を落としたが、"雪崩"から生き延びた人数としてあまりに異例。

奇跡とさえ呼ばれた事件の顛末。




いたいよおいたいいたいよおかあさああ



大声で泣き叫ぶ幼子の両腕が無い。
傍らでからだの斜め半分がなくなった母親だったものが転がっている。

脚が無くなって這いずって呻く男がいる。

重心を失って倒れた身体の首から上が無い。

どうしてこの子が、と泣く女の足元になにかの、



除外したのは"雪崩"だ。例外はない。
じゃあそれは、少しでもその影響にあった部分も置いてきたということで。




婆さんがお前のせいだと叫んだ。
視線。視線。視線。視線。視線。視線。視線。視線。視線。視線。視線。視線。視線。

悪い奴を何処までも悪いということにしてもいい、時々ある雰囲気が嫌いだった。

ああ、それだ。



位置の近い都に突如現れた惨状に騒ぎこそ起これど、"雪崩"の観測もあったからか。
生存者はすぐ保護された。負傷者は搬送されたが、戻ってこない者もいた。
"雪崩"から生き延びた者は貴重な情報源だ。

どう・・脱出したのか、追及されるに決まっていて。
役目を終えてぼろぼろに朽ちた杖を、村長が『転移』の杖だと伝えた。

それは『増幅』のはずなのに。




硬い音が響く。
衝撃と、遅れて熱がやってきて、殴られたらしい、ともっと遅れて痛みが来る。



「ティアナは」


「あいつはどうしたんだよ 一緒じゃなかったのかよ」


「何でお前だけ戻ってきて、こんな、」



なんでだろう。



妹は俺を逃がすために、言い終わる前に胸倉を掴まれてもう一度殴られる。
現実感が追い付かないまま、黙ってそれを受け入れていた。




「なんでティアナが死んでお前が、お前が生きて、」


ふざけんな!ふざけんな!お前が、おまえの方が死



やめんか馬鹿者!


そうだよなあ。そうだ。そう。
なんで俺だったんだろう。なんで俺じゃなかったんだろう。なんで俺が出来、



あれ?



「ジオグリスが居なかったら儂らは皆死んでいた。
 お前もそれは解るだろう、」



転移する対象の指定。増幅で、俺を中心として、広範囲を運べるなら。
俺がもっと早く決断して、"雪崩"が村に流れ込む前に杖の場所まで来れてたら。




「気に病むなジオグリス。お前は立派にやったんだ。
 お前は儂ら皆の恩人だ」



"雪崩"だけを連れて、俺が飛べば、村はまるごと助かったんじゃないか?



「お前のせいじゃない。」





あれ、




「ずっと、こわくて、」



恐れている。失敗することを。最善に気付けないことを。



助かりたかったんだ、









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