Eno.693 レヴァンダ  ■活動記録 - まぼろしの森林

今回、この庭園にやって来た理由は、ただの好奇心だ。
高い所は苦手だし、空を飛べる訳ではないけど、それでも行動に移してしまう程には
好奇心という物は厄介な感情だと思う。

案内である『ハナコ』という少女は、庭園の自由観光と引き換えに、
高度が下がってきてしまったという近隣の島の調査をお願いをしてきた。
更に別の島に移るのは気が引けたが、見た事も無い物ばかりだったので、色々見て回りたい気持ちの方が上回った。
それにしても、転移魔法や空間圧縮などが備わってるアイテムがあるのはとても興味深い。


空の上と言う事で、この庭園での天気は変わりやすいようだ。
最初は動きやすい晴れの日を選び、少しずつ拠点を目指して進んだ。
次第に探索にも慣れていき、多少の風や日照りの中でも歩けるようになった。
食料もたくさん落ちていたが、どうやら僕は毒草に好かれていたらしい。あと毒キノコ。
くれぐれも、処分に困ったからって食べない方がいい。

普段、人気の居ない所を選んでこそこそ動いてしまう方だが、それにしてもたくさんの出会いがあった。
ここに来ている人たちは本当にいい人ばかりだった。
人間社会について知らない事の方が多かったけれど、それでも皆良くしてくれて。
だから、活動の記録を残すとともに、出会った人たちの事も書いて行こうと思う。





■あざやかな花園

まだ探索も始まる前の、参加者を集めている段階の時。
最初に向かったのは、あざやかな花園だ。
他人がたくさんいるのは怖かったけれど、花は好きなのでぜひ見てみたかった。
ここには手入れされた様々な花が咲き誇っていて、とても綺麗だった。

普段、全くと言っていいほど料理しない自分にとって、軽食屋があるのは大変に喜ばしい事だ。
とはいえ、買って食べたたまごサンドは、カラシマヨというマスタードの仲間が入っていたようで、
少し舌がピリピリしたのを覚えている。

ここで出会ったのが、アハトという男性だ。



最終的に何故か少年の姿をしていたので、描けたのは少年の姿だけ。
自分とは正反対な、柔軟で軟派な男だと感じた。
柔軟過ぎて、彼とのコミュニケーションは少々戸惑ったけれど…
世話焼きで優しいと言っていた彼の後輩の言葉は、間違いじゃないんだと思う。

彼はスライムの研究者のようで、服の汚れだけを食べるスライムを購入した。
スライムと言えば、魔物の一種と思っていたけれど、彼のは人工生物のようだ。
応用も効いて、形を柔軟に変化させていくのは、見ていてとても面白かった。
ハムカツサンドをひと口くれたり、温泉に案内してもらったり、お酒を飲んだり、思い出はたくさんある。
人間嫌いとまではいかないが、偏見を持っていた自分にとって、彼の様な人と
最初に出会えて本当に良かったと思う。


■めざめの平原

それから探索が始まって、めざめの平原やらひかりの森を歩き回った。
先述したように、島にはたくさんの食料が落ちていた。
料理が出来ない人でも美味しい物が食べられるよう、アシストされているのには感動を覚えた。
それでも、オレンジはそのまま食べるのが好きだ。

探索の合間、休憩時間。
見れば、近くに猫が居るのを見かけた。



とても小さく、恐らく子猫なんだと思う。
真っ黒でふわふわなその子は、流石猫と言った感じだ。
最初は警戒していたように思うが、オレンジを共有したり、自身の尻尾で遊んでみたり、最終的には抱っこもさせてくれた。
猫というのは結構長く伸びる生き物のようで、足をだらんとした時の長さには驚いた。
この子もこの島に招待されて来たのかはわからないが…
そうだとしても、違うにしても、この子は上手に生きて行けそうだ。そんな気がする。


■せせらぎの河原

庭園は森林も山も多く、秘境の様な場所も多い。
今度向かったのは、川だ。せせらぎの河原というらしい。
ここでは多種多様な魚が釣れるらしい。魚は好きなので、是非ともありつきたい所。
一匹のイワナを釣り上げた所で、看板がある事に気が付いた。

『魚は キャッチアンドリリース で』

つまり、釣ってもいいけど食べちゃいけないという事だ。
1匹ぐらい構わないのでは?と考えていたところに、やめておいた方がいいよと言ってくれたのは、
ふるるという名前の少女だった。



川の魚はみんなが食べちゃったらいなくなっちゃうだろうし、
どんな病気を持っているか分からないから食べない方がいい、と。
彼女は誰かのその言いつけをしっかり覚えていたらしい。
子供のように見えたけれど、結構しっかり者なのかもしれない。
お菓子もくれた。

どうやら彼女は家出をしてここに来ていたらしく…身分を聞けば、お姫様なんだとか。
多分、彼女の両親は気が気じゃないと思う。
だけど、お姫様も楽じゃないのは本当なのかもしれない。
何でもしてくれるのは楽かも知れないけど、やりたいのにやれないのはもどかしい所。
庭園から帰った後、彼女がもう少しのびのび暮らせるようになれる事を祈ってる。


■たそがれの頂

ある時から、苦手なものにチャレンジしてみようという気持ちが湧いた。
まず目を付けたのが、『高い所が苦手』という物。
塔のように、垂直に移動する感覚はとても苦手だが、山のような傾斜はまだマシだ。
岩場の様な所は歩くのが苦手、という事を省けば。

なんとか、たそがれの頂の拠点へと移動した。
そこでは丁度、パーティが開かれていて、パーティに参加するのは性格上厳しかったが、
せめてこの風景をスケッチしようと手帳を出した。
スケッチ中に出会ったのは、ヌルという青年。
ただ、この名前は本当の物かはわからないらしい。



というのも、彼には自分自身の記憶が無いのだとか。
聞いた話の端々に、ただならぬ過去が隠れていそうだったけれど、
魔法を見て無邪気に笑う姿だとか、感情豊かな尻尾を見ていると、
なんだかその表情を曇らせたく無くて、詳しく話を聞く事は出来なかった。

彼の尻尾を触らせてもらったとき、自分の知識上では似たような生物は思い当たらなかった。
とがった耳をしていたから、もしかしたら何か変容した同族なのかもしれないと思った。
その尻尾が記憶の手掛かりになるかも知れないから、幻術を込めたリボンを送ったのは良い事だったのかどうかはわからない。
だけど、気兼ねなく歩けるようになりたいのが願いなら、少しは貢献できてると自信を持とうと思う。


■ひだまりの高原

島の丘を越えれば、そこには自然豊かな高原が広がっている。
非常に高い所のようで、雲海が見える事もあるのだとか。
足を滑らせたらと思うと怖くて足がすくむが、山を登った実績があるので心強かった。
とはいえ、実際危なかった場面はあったのだけれど。

ここへ訪れたのは、アハトが紹介してくれるという研究者に会うためだ。
自分が抱えている悩みを相談できるかもしれないと、手配してもらったのだ。



彼の名前はシオン。初めて会った時は『彼』で、次に会った時は『彼女』であったが。
そんな呪いを抱えているために、彼は呪術の研究をしているらしい。
聞く話はとても興味深かったし、色んな切り口から案を出してもらったし、
本当にプロフェッショナルなんだろうな、と感じた。

最初は興味本位で島に訪れたが、まさかこの目で世界を見られるようになるだなんて、思ってもみなかった。
ずっと石化を解除する事に着目していたから、最初から石にしないという発想が無かった。
彼は所属する研究所の、危険物を封印する役目もあるのだとか。
だから、その手の魔法の腕は確かなものだと、贈り物の魔道具を見て何度も思う。
手配してくれたアハトにも、術を施してくれたシオンにも、頭が上がらない。



いつでも外せるようなイヤーカフを選んだのは、自分でも知らなかった感情を知ったからだ。
ずっと、この目の力が無ければいいなと思ってはいた。
だけど、実際それが無くなるとなると、自身に半分流れる血を否定するような気持になった。
メドゥーサ族の血など要らない、血を残さず、緩やかな滅亡を願う。
そう思考を決定付けてしまう気がして、怖くなったのだ。

しかし、そんな思いよりも、今は喜びの方が大きい。
気兼ねなく他の生物の眼を見る事は出来るし、話し相手の表情も、瞳の色も、全てを感じれる。
これなら、絵を描いて過ごす夢も、実現するのは容易いだろう。
生き物の光彩を見て回り、図鑑を作るなんて夢も増えたわけだし、これからはさらに、色々な世界を見て回りたいと思う。

この島への滞在は短い期間だったが、得られたものはとても大きい。
1人で過ごしてはわからなかった事がたくさん雪崩れ込んで、喜びも困惑もどちらもある。

この記録を書く事で記憶を昇華し、自分の物へと変換する。
長い旅路の中の一片かも知れないが、ここでの出来事を忘れることは無いだろう。





レヴ
「さて、荷物は全部持ったし、秘密基地もある程度は元に戻した…」

レヴ
「あとは…そうだ。君も来るでしょう?カロート」

カロート
「ドラ!」

レヴ
「ドラね。一気に大所帯になっちゃった。ララも驚くだろうな」


来た時よりも増えた荷物をひとつひとつ確認し、よし、と声をあげる。
帰りは空を降りていくわけだが、来た時よりはずっと恐怖心は薄い。
自分の目を使えるようになったにしろ、飛行船の中では目を瞑る事になる訳だが。

荷物に紛れて、小さな羽根のついた手紙を見つけるのは、彼が自分の家についてからのお話だ。










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