Eno.531 九鬼丸 紡  人生と言ふ冒険は、まだまだ続く。 - ほしふる洞窟


「結果的に、"あの世界"での旅は私にとって幸運な出来事だったと思うわ。」


空に浮かぶ島。
色とりどりの花と植物。
多種多様な種族の生命達。

あの日、私が押し入れから"神隠し"に遭った事件から数年が経った。
グランドシェルを呼び起こす為の空藻も集め、結局、知りたいことをあまり知ることは出来ず。
とはいえ、ハナコの助けには確かになり、無事に家へと帰宅出来た。


「帰宅した後の方が、散々だったわ。」


行きも帰りも同じ押し入れからで。
時間帯も真夜中であったが、たまたま部屋を通り過ぎようとしたろくろ首が私を見つけ、…その、何というか。妖怪であるのに、"まるでおばけを目撃したかのように"金切声をあげたことで全員が目を覚まし、そこから、また、てんやわんや。

それはもう、質問責めという嵐が私の身に襲い掛かった。

どこで。
どうして。
誰が。
何を。
どうした。

幼い私が一つ一つに答えるのに相当苦労した上、当主たる父が怒るかと思いきや、男泣きを始めたことで周りの妖怪達も泣き出して、私がやれ寂しかった怖かっただの、話せるような空気ではなかった。
あれだ、周りが泣きすぎて涙が引っ込むとかそういう話。


「手厚く出迎えてくれるモノがいるというのも、困りものよね。ねぇ、にんじん。」


「ドラドラ…」


次の日、唯一"あの世界"の住民たるランドラこと、にんじんが事の顛末を話してくれたおかげで、様々な誤解が解けた。
にんじんの存在も、『孤独なお嬢を支えてくれた人参妖怪』…というような認識をされたらしく、古参の妖怪達にも家族にもすぐ受け入れられ、今も尚、私の相棒として傍にいてくれている。

…でも、貴方だって寂しくない?
いくらハナコがどんな場所でも適応出来る存在だと説明していても、仲間…同族がいなくて、故郷が恋しくならないかしら?


「ドララ~。ドラッ、ドラドラ!」


……フフ、この天福屋てんぷくやが故郷だなんて。
貴方はずぅっと、私より強いわね。


「ドララ!」





………
……





…今でも、昨日のことのように思い出せる。


「リーザ。私の中で初めて出会った同族の仲間。あの子の明るさを、私も見習いたいと今でも思ってる。」


「チーバイ。相棒のロックさんには出会えなかったけれど…あのヒトの傍で眠れた夜が、とても穏やかな眠りを得られたと思うし、感謝してるのだわ。」


「アームレスさん。ぶっきらぼうであったけれど、私に良し悪しを教えてくれた人間さん…フフ、くまの"アームレス"さん、今でも大切にしてるのよ。」


「ムーニィさん。貴方の優しさと導きで、今の私とにんじんの関係を確立出来たと思うし、感謝してる。包丁の使い方も、とても上手くなったのよ?」


「クェルクー。知的な会話が、とてもとても楽しかったわ。先生と貴方が代わってくれたら…もっと勉学に集中出来たのに。嗚呼、いつか食事会が出来る日を今でも楽しみにしてるのだわ。」


「サザンカさん。暖かいアロマの紅茶と焼き菓子で過ごした一夜…楽しかったわ。次に会えたら、店一番の着物を贈与したいぐらい、感謝してるの。」


「ハイネさん。見ず知らずの私の為に血を差し出してくれて、嬉しかった。あの日から今まで、数多くの人間の血を啜ったけれど……貴方が、一番美味しかった。」



「椿さん。学校と受験のこと、教えてくれたわよね。今はオキノさんや日野森さんと、変わらない日々を過ごしているかしら?そうであった欲しいのだわ。」


「ローチィさん。可愛い可愛い、お姫様…貴方が勧めてくれたドレス、今ならもっと着こなせそうな気がするの。また会って、お茶会がしたい。」


「ユーリともつにぃさん。私の知らない世界で、退魔のお仕事をしているかしら。また会いたい…つむぎが、ちゃんと大人になれたのよって、見せてあげたい。」


「おれさま。…ウフフ、嘘、レオス様でしょ?つむぎはね、彼に憧れてたのよ。接した時間こそ短いけれど…堂々としたあの姿は、今もこうして、真似してるもの。」


「クロタネさん。素敵なクリスマスをありがとう。"ろた"くんは今も元気よ、大切にしてる。…貴方と同じ世界でないことが残念だけれど、きっと会いに行くのだわ。」



「オキノさん。つむぎに色々なことを教えてくれたわね。あの日から、私、たくさん、たくさん"人間"を勉強したのよ。人間牧場もだいぶ様になって……貴方は今、どんな姿をしているかしら。何をしているかしら。まだ、あの約束を覚えてくださってる?…いつ、貴方を攫いにいこうかしら。」



「日野森さん。貴方といる時間はいつも、穏やかで、心地よいひと時だった。…"2人"と比べたら、私はきっと、一つも二つも下。ええ、ええ、それは必然的に仕方ないことだと分かってるのよ。でも、ね。あの日抱いた、『貴方を私だけの存在にしたい』という薄暗い感情…どうして、今も消えないのかしら。ウフフ。」


煙管の煙を含み、外へと吐き出す。
今日も今日とて、この世界は平和であった。


「お嬢、そろそろ視察の時間ですよ。」


…ああ、もうそんな時間だったのね。
ええ、今行くわ。えんえんら。車は表に出してて頂戴。



「……いきましょ、にんじん。」



「ドラ!」




カーテンコールは、まだ遠く。
私の描く未来には、程遠く。
それでも、私は舞台で踊るのだ。


「―――」


きっと、貴方が同じ青い空の下で笑っているのだと。
信じているから。








<< 戻る