Eno.259 カヴィア=エディブル  【暴食】 - あざやかな花園

────目の前に広がる血だまりを見て。

口の中に広がる鉄の味を感じて。

胃の底に溜まっている重い"何か"を味わって。

俺は、俺は。

俺はきっと、狂ってしまった。



一日一回、誰かの肉を喰らう。

男に向かって尻を振っていた、汚らわしい女の肉を喰らう。

弱弱しい子供を殴っては高笑いをしていた、性根が腐った男の肉を喰らう。

喰らう。喰らう。喰らう。

……喰らわないと、精神を保っていられなかったから。

馬鹿な話だ。もう狂っているのに。

とっくの昔に、狂っているのに。


それに気づかず、ずっと、ずっと、ずっと。

ずっと、喰らい続けた。



???
……母を、殺してはくれませんか?


小さな少女にそ声をかけられたのは、はたしていつの事だっただろうか。

暑かった気がするし、寒かった気もする。

陽炎が揺らめいていた気もするし、雪が降っていたような気もする。

…………いや、いつでもいい。 そんなこと、どうだっていい。

食えれば、どうだっていい。


なんて返したかなんて、覚えてない。

ただ、彼女の母も、少女も食った。

それだけは、覚えている。




それからというもの、俺は"依頼"をされ続けた。

ある時には『親を殺してくれ』。

ある時には『子を殺してくれ』。

『腹立つアイツを』『邪魔なアイツを』『嫌いなアイツを』。

全部、全部喰らった。

標的も、依頼人も、全部、全部。


……ある日、街角に貼ってあった指名手配書を見た。

俺の顔が載っていた。俺の名前が載っていた。

闇の中でニタニタと笑って、どこかを睨みつけていた。


いつ撮られたのだろう。

どうでもいい。

なんでこんなにあくどい顔をしているのだろうか。

どうでもいい、どうでもいい。

なんでこんなに────あの頃、俺が毛嫌いしていた、貧困街スラムのヤツらと、同じ顔をしているのだろう。

どうでもいい、どうでもいい、どうでもいい!

本当に、どうでもいいから!


不意に、足の近くを子供が通った。

ニコニコと笑って、親の元にとてとて、と走り寄って行った。

────そうだ、あの子のようになろう。

残虐さをひた隠して。

冷酷さをひた隠して。



誰かに愛される、"あーしちゃん"に。








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