Eno.303 ヌル  出来損ないの行末 - ひだまりの高原

――その日は雨が降っていたことを覚えている。

頬に何かが当たり、その冷たさに目を醒ます。
横たわっている地面の感覚で
いつもの無機質な部屋ではないことに気づく。
土と草の匂いがしたため、ここが屋外だと言うことが分かった。

ガンガンと頭が割れそうなほど酷い頭痛がしていて
頭を左手で抑えながら身体を起こすと
ぼたぼたと何かが地面へと落ちていく。

左目の視界が何故か赤黒く染まっていて
右手でそれに触れると、ぬるりと嫌に温かさを感じて。
おそるおそるそれを見ると血であることが分かった。


「……何、が……――ツ!?」


顔をあげると、そこには炎を上げて半壊している白い大きな建物があった。
炎は雨をもろともせずごうごうと燃えており
建物はその炎を巻き込むように徐々に崩壊していく。

その光景に唖然とし、だらりと身体から力が抜ける。

頭では何も覚えていないが
身体は覚えがあるかのように震えていた。

間違いなく己のした事だと言う自覚が、何故かあった。



ゆらりと尾が目の前で揺れる。


「……」


どうやったのかなんて分からない。

どうしてそんな自覚があるのかも分からない。

もう一度、尾がこちらの様子を窺うように揺れた。

揺れ動く尾に目を向ける。


「……あなたが、やったんですか…?」


正体が分からぬ尾にそう問いかけても
もちろん何も返っては来ない。


「……ふふっ…」


乾いた笑いが出た。

自分の身体の一部にそんなことを問いかけるなんて。
そうやって責任転嫁でもするつもりなんだろうかと、己を嘲笑う。

ガラガラと音を立てて建物はどんどん崩壊していく。
きっと、中にいた多くの人も無事ではないだろう。

不思議と罪悪感はなかった。

―それはそうだ。

―大事なものを取ろうとする方が悪いのだ。


「…?大事なもの…?」


頭の中に浮かんだことに小さく首を傾げる。
確か、覚えているのは部屋から出されて連れて行かれて。
何かを打たれて、段々眠くなっていって。
眠る直前に聞こえたのは――。


「……処分って、何ですか…?」



「……誰かも分からなくて、誰も教えてくれなくて」



「…必要ともされなかったんですか…?」


誰も答えてはくれない。

答えがあるのかも分からない。

知っているかもしれない人達は、あの建物の中だ。


「…ヌルは…何なんですか…?」


雨に交じって血と涙が地面に零れ落ちていく。
それを、尾が軽く拭った。


「……探さないと」



「ヌルが…何者で…どうして生きているのか…」


ふらふらと立ち上がる。
どこへ行けばいいのかは分からない。
それでもここではないどこかへ行かないと行けない気がした。

尾がすい、とまるでこちらへ行けと言わんばかりに東の方を向く。


「…そちらへ…行けばいいんですか…?」


己の意思なのか、それともまた別の意思なのか。
揺れ動く尾はただ方向だけを指し示す。


空っぽの身体に押し込まれて

生まれてしまった出来損ないは

ただ悲しげに笑いながら

どこかへと去って行った。








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