Eno.676 ✿ #--- さいわいのはこ - はじまりの場所
『なんで?』と繰り返す壊れた子どもがいた。
多分、これが一番最初の呪い。
罪深さとしてはこれに勝るものなどない。
既に想い合っている、後の伴侶がいる男と出会って、兄様と呼び慕う内に男女の関係になった。
その子どもはしていいこと・わるいことを判断できるほど大人ではなかったので
夜、床に就く頃に衣を崩されても『兄様が望むのなら』と身を委ねた。
―『ずっとそのまま、自我なぞ芽生えさせずにいたらよかったのに』
別に一番になりたいなどとは思っていなかったはずだ。
ただ番候補は外で兄様と自由に仲睦まじく在れるのに
自分は自分だけが皆が寝静まった夜にひっそりと隠れて身を寄せ合うことしか許されないのか。
ただ誰にも言えない関係になるくらいなら、あなたをただ兄様と呼び懐くだけの『私』でよかったのに。
―『これなら何も言わずに抱かれてくれる、お前の姉の方が都合がいい』
―『なんで?』
……面倒になったからと捨てられたくらいならここまで拗らせることもなかったのだろうと思うと、その一点に関してだけは同情する。
でも、なあ?
番候補にバレなかったから結果的に傷付いたのは『私』だけだったけど、それでもやることやってんだから『私』は加害者だよ。
無知は罪だ
罪には報いを
でも忘れるな報いを受けることと罰せられることは=じゃない
報いを受けてやっと罰が下る
忘れるな 罰だけが償いの機会
忘れるな 『私』は加害者だ
それでも、ここまで拗らせることもなかったのだろうから、その一点に関してだけは同情しているからあとは私が引き受けよう。
『いつかきっと』と想い人を待ち続けていた子どもがいた。
これはまだ、私の中に黄泉の国が在った時の呪い。
死後の存在は認知するけど死後の世界に対し否定的になった理由。
出会いと一時の別れ、再会と死が二人を別った迄の話は割愛しよう。
深く愛した経緯としては重要ではあるけれど、それらがなくとも『私』はそうしたのだ。
人だった番に先立たれて、もう先立たれるのが嫌で
確かに繋いでいたはずの家族の縁から外れて孤独を選んだ『私』を、番の面影を強く宿す孫娘が連れ戻した。
理由はなんだったっけ。…あぁ、そうだ
―『爺ちゃんから寂しがり屋な婆ちゃんのこと、頼まれたから』
―『婆ちゃんが爺ちゃんのところに逝けるまで、支えてくれって』
自分達も寂しいし、婆ちゃんにはまだまだ元気で見守っててもらわないと!
そう笑う孫娘の顔が番の笑い顔が重なった。
だから『私』はその孫娘が嫁いで子を成したのを見届けてから、番が待つ黄泉の国に渡った。
―『ああ、やっときてくれた』
― 死も二人は別てない ―
…なんて、一節で締め括られていたなら呪いになどなっていない。
番は番がきてくれたと喜ぶもすぐに、思い残すこともなくなったからと次の人生へと旅立った。
―『今度は君がここで待ってて!ちゃんと見守ってて、戻ってきたらおかえりって言ってね』
それが『番の望みならば』と呼び止めたい気持ちを飲み下して見送って
言われた通りに新しい生を満喫する番を見守って
見たくないものも逃げずにちゃんと番を見届けて、やっと
―『おかえりなさい、』
還ってきた番の名前を、呼んで
でも番は不思議そうな顔をして
―『だれ?』
生前の記憶なんてさ、もう一度産まれる時には邪魔なだけで必要ないんだって。
だからみんな生まれ変わる時に黄泉の国に全部置いていく。
それならさ還ってきたら戻りそうなものだけどさ、直前の人生の記憶がもうあるから、置いていった記憶が戻ることはないんだって。
―『それじゃ俺、もう一回いってくる!よかったら君も見守ってて、戻ってきたらおかえりって言ってね』
もう私の番はどこにもいないんだって
―『……うん』
でも、時々記憶が戻る子もいるからって、かみさまが
―『いってらっしゃい』
だから
―『いつかきっと』
きもちわるい。
そもそんな悪趣味な輪廻転生システム作ったかみさまの言うことなんざ信じるなよ。
でもしようがないよな?死後の存在だって元はいきもので、いきものは信じたいものを妄信するものさ。
でももうどんなに待ったって番からのただいまは聞けないよ。それでも信じたいものに縋りついて何もできないなんて馬鹿な女。
何もしてないなら何も無いよ。
何も無いのは『私』のせいだよ。
馬鹿は罪だ
罪には報いを
でも忘れるな報いを受けることと罰せられることは=じゃない
報いを受けてやっと罰が下る
忘れるな 罰だけが償いの機会
忘れるな 『私』が悪い
それでも、あの一節で締め括られていたならばと思わざるを得ないくらいには同情しているから、あとは私が引き受けよう。
『これでよかったんだ』とひとりわらう子どもがいた。
これは呪いとするにはあまりにも自己完結し過ぎているので扱いに困る。
でもこいつは私の弟を誑かして弟を幸の信徒にしたので絶対に許さない。
誰のことも信じられなくて
施しも上手に受け入れられなくて
一個人でどうこうできることじゃないのにただ自分の殻にこもって、誰にも協力を求められなかった愚かもの。
譲るって約束したって契約書を書いてるわけでもない口約束よりも、目に見えて喜んでくれる他者を優先するよいきものは。
―『これでよかったんだ』
何がよかったんだよ。
たすけてって言えよ。
言っても失敗して口を噤んでも失敗したんだからそんな風に自己完結したっていつも通りだってなんでわからないんだよ。
ひとり取り残されて半永劫無間地獄の底に幽閉とか、あぁまるで自分みたいだな。私も孤独を選んだよ。在り続けることを選んだよ。なぁ?Re,
同情はしない。完全に『 』が悪い。でも捨てずに連れて行ってやるよ、
『僕の方が先だったのに』と何もかもを奪われた子どもがいた。
これは、ああ。言葉通り悪い男に惚れた弱みだ。
あいをしらない男と出会って、ころしあいをして、男が主人・子どもが従者という関係を築いて。
あいをしらないならあいをしってもらおうとあいをとき
けれども無償のあいに昇華できるほどあいに満ちた子どもでもなかったから、あいされることを諦めた
諦めることが通過儀礼で、良かったはずの呪い。
―『いかないでくれ、あきらめないでくれ。お前も『お前』も俺には必要なんだ』
惚れた弱みだ。
そう懇願されたら『あなたがそう望むのなら』と、どうしていつもそうなのか。
惚れた弱みだ。
あいは戻ってきたけれど、けれどもあいは未だ子どもの姿。
当然と言えば当然なのだ。大人になったのはガワだけで、中身は幼稚極まれり。
どうしたって報われない時もあるさと諦めることが通過儀礼。子どもが大人になるための。
でも誰も諦められたものの末路など考えない。だって大抵の場合長い時間をかければ良い思い出に昇華されるから。時間が解決してくれるから。
惚れた弱みだ。
― そこには幸福な家族が在りました ―
― あいをしった男と、その男に寄り添うおとなの「 」と、その男に存在を認められた子どもの「
惚れた弱みだ。
あいをしった男は己に寄り添うためにおとなになった「 」と愛を重ねて
こどものままな「あい」のことは自分達のこどもとして扱って
「あい」をしらないなら「あい」をしってもらおうと「あい」をとき
最後の最後で「あい」の重さを伝えて消えようとした
「あい」は
― 或る日、あいをしった男と、その男に寄り添うおとなの「 」の間に本当のこどもが生まれました ―
―『お前の弟だ。あいしてやってくれ』
「あい」にとって、たえがたい出来事でした
男と出会い、男と過ごし、男とその萌芽を育んだのは「あい」であったはずなのに
「 」と挿げ替えられたのです
なぜ
―『僕もあなたとの間にこどもがほしい』
あなたにすきを、あいしてるをいいつづけたのは、「ぼく」なのに
―『こどもとは、無理だ』
こどもとは、むり?
そのこどもとガキをこさえたのはどこのだれだよ
もしかしてそこにいるおとなのことを、ほんとうにおとなだとおもっていらっしゃる? ―『ぼくがあなたをおもって遺した
―『僕だったのに』
―『あなたとずっと一緒に居たのは僕だったのに』
―『あなたを愛し、あなたから愛されることを諦めたのは僕だったのに』
―『諦めたまま消えようとして、でも完全に消えたらあなたが独りになるから「ぼく」だけが消えようとしたのに』
―『どうしてよびとめたの』
―『僕の方が先だったのに』
お前が悪い
愛、は罪だ
罪には報いを
でも忘れるな報いを受けることと罰せられることは=じゃない
報いを受けてやっと罰が下る
忘れるな 罰だけが償いの機会
忘れるな 忘れてくれるな『愛』は罪だ
だから 私 が 引き受ける
そして私がいる
もし、これまでの呪いが最初から私の中に在ったなら
私ははじめから誰のことも愛さなかったことでしょう。優しくすらしなかった。
けれどもある時までは私だったのでなんともまあ、愚かな間違いを何度も何度も何度も何度も何度も
―『わたしのために、なってくれる?』…なんて言葉に頷くべきではなかった。
―『やくそくのあかし、つけていい?』…なんて言葉を受け入れるべきではなかった。
―『わたしが幸せだった、って死ぬまで見守って』…なんて言葉を聞き入れるべきではなかった。
―『これからも さんはわたしの ですね』…なんて言葉を真に受けるべきではなかった。
結局、他に目移りしたら何かしら理由をつけて私を『要らない』と言って捨てて行ったのだから。
人間の小娘如きに心を砕いて愛した 私が悪い 。
―『君が欲しくて欲しくて仕方ない』…なんて言葉に耳を傾けるべきではなかった。
―『君はもっと幸せになって然るべきだ』…なんて言葉に絆されるべきではなかった。
―『きみには白いお花のワンピースの方が似合うよ』…なんて言葉で未来を変えるべきではなかった。
―『何があっても、君のことを守ってみせる』…なんて言葉
―『こころも、からだも』…なんて
―『呪いだ』
―『君は呪いそのものだ』
―『君は呪うばかりで呪いしか振り撒けないね』
「……」
「……」
「……そうだね」
これといって目的があったわけでもない
ただ、招待状を≪観測者≫から半ば押し付けられるように譲り受けて、そしてそれが過去から送られてきたものだと話を聞かされたから帰ってきただけ
でも、聞かされた話はそれだけではなかった
私の、私達の≪観測者≫は片腕片脚が不自由な車椅子に座る女だった
けれどもこの日訪れた≪観測者≫は、その女の隣によくいた で
―「彼女は亡くなった」
何か言おうとして口を開いたけれど、実際に出てきたのは" あぁ、そう "なんて吐息まじりの空返事。
―「私はお前 を託されたから、」
から、なんだというのだろう。託されたから" まだおわらせられない "とでもいうのだろうか。
別に、好きにしたらいい。
あの女が終われば終わると思っていた希望が潰えたのは間違いないのだから。
―「託されたけど、私は彼女のようにはおもいきれない」
「今回の分まで託されたが、その後はない」
「お前が望むなら、もう逃げていいんだ」
……
……
……こんな、
―「……すまない」
この
そんなこというなら全部奪ってよ。私の中から消してよ。
できないんでしょう?
そんな私を託されたのでしょう?
呪いそのものである私を、私は張り続けなければいけないのでしょう。
―「すまない」
……
……
……かならず、かえるよ。
私は私だけでいい。何も無い場所が私の在るべき場所でいい。
ひび割れた箱のひびの隙間から、どろどろとあふれだしていく
私は私だけがいい。何も無い場所が私の在るべき場所なんだ。
私は私に同情なんてしないから、この箱の末路もどうでもいい
私 自我を失うならそれまでだから
は 心を失うなら望んだことだから
もう それでも 私 だから。
いや。
またあえたらいいね。