Eno.607 茶磨  星空の傘の記憶 - ひみつの庭

目を覚ますと、雨は小雨になっていました。

あのおおきな口――トラバサミは閉じたままです。
けれどたぬきの足は何もなかったかのように綺麗になっていました。
あまりの痛さでしたから、なにがあったかよく覚えていません、ですがもう平気です。

助けてくれた人はなにか見ていました。

「あなたって、なんていう生き物なのかしら?」

たぬきはたぬきです。
けれどその人はたぬきを知らないようです。

「ねえ、これを見て」

ちぎれた紙、なにかのページです。
茶釜から足が生えた獣が描かれています。

「これはあなたに似ていないかしら?」

似ているような、すこしちがう動物のような、首をかしげます。

「確か……ぶ…ん、……ちゃま?っていう名前なのよ」

ちゃま──ふしぎな名前です。
でもなんだかたぬきにはそれは、それが自分に与えられたような気持ちになりました。

「知らない生き物だけれど、木の実なら食べられるかしら?」

差し出された木の実をちいさな一口で食べます。
甘い味が口いっぱいに広がりました。
むしゃむしゃ食べ進めていきます。

「よかった。あなたはまだまだ生きられるわね」

鼻の頭をくすぐるように触れるその手は、どうしてでしょう?
やさしいのにひんやりとしていました。

気づけばあたりは白んできました。
朝がやってきたのです。

「まずいわ。私、もう行かなくちゃ……あ、傘……」

雨を遮る星空は傘というみたいです。
うーん、うーん…悩んで、悩んで……

「──仕方ないわよね。まだ病み上がりだもの、あなたにあげるわ。
 そのかわり、いっぱい食べて、いっぱい大きくなって、いっぱい生きてね」

星空の傘をたぬき──いいえ、"ちゃま"にくれた人はひらり木々をぬけ、のぼる朝日と逆の方へ飛んで行きました。

ちゃまはそれからいっぱい食べて、
いっぱい大きく……?なって、
いっぱい生きている途中です。

たくさんのことを知って、学んで、変化して、
そしていつかの人に恩返ししたくて探しています。

星空の傘に残っていたかすかにある花のにおいを辿って旅をつづけます。

この島では会えませんでしたが、いつか見つかるでしょうか?




それはまたどこか、別の旅のお話につづく――








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