Eno.471 アニア・ナムティア  乱れた手記 - Ⅲ - ひかりの森




託されなかったものがある。

それを恨むには幼すぎ
それを羨むには遅きに失し
それを憂うには悪に焦がれすぎて。






"どうぞ、娘をよろしくお願いします"


11歳を迎えた日のこと。
父が数週間の遠征依頼をこなすために家を空けることになり
残された私はその間、町にある小さな教会へと身を寄せることになった。

貧しいながらに教育熱心だった母が早くに亡くなり
それに対する父は、自分の仕事で手一杯なばかりの不器用な人間。
子供の教育を見るにも様々難しく、ただ幼子を内職に就かせるばかりで
それでいて、遺された我が子を可愛がる感情ばかりが尾を引くような日々。



――お父さんは、どこ?


生まれ付きの性質に加え、大好きな母を亡くしたショックで心を乱していた私は
宿住まいだった頃に引き起こしたトラブルが切っ掛けで心配を受けるようになり
他の人たちも交えた提案の元、私を教会に預けての静養と"再教育"を促すことになった。



"汝、己が内を知ることなかれ。
 ただ無垢にして、その尊き意志を敬い賜え。
 我らヒトを導きし神の秘匿を――"


モアナロネア教団。私が生まれた街を牛耳る巨大な宗教派閥。
彼らが建てた小さな教会の1つの中で、私は他の子どもたちと共に
新しい様式での生活を始め、真っ当な子供しての情操教育を受けることになった。



ねえ、なんでよ、どうして――


母を失ってからの1年と少し。私はほんの小さな子供であるにも関わらず
必死になって誰かの役に立とうと手足を振り、大きな声に言葉を上げ続け
その度、誰かとの感情的な摩擦や大人たちへの苦労を引き起こしていた。

率先して伸ばされた細い少女の細い手は、利益よりも全体への心配の種ばかりを生み出し続け
他人からの親切や心配を自分の"責任"への呵責としか受け取れなかった当時の私は
"親の愛情"という有るべき温かみを無くした末の、身勝手で感情的なばかりの存在だった。

誰かは"そう"言っていたけど、私にとっては自信がない。
こんな私が、本当に、母が居てくれればまともだったかなんて。




――みんな、


どうしてか、いつまで経っても人付き合いが苦手なまま育ち続ける私は
寝ても覚めても消えない心の不安と不満を抱えたまま。
落ち着き無く他者に身を宛がっては突き放される
不安定な情緒を抱えた歪んだ子供のまま。






父の遺品が取り戻されたのは、12歳の春の頃。
帰りを待ち望んでいた私の両手に収まるだけの、小さなものだけ。


私の人生から生じた、 黒い煤のひとつ。
私の人生の往く先を決めた、二番目に大きな思い出。








沢山の"失敗"を覚えている。
これまでの人生で恵まれたはずの、様々な幸運の種について。
頼れた筈のもの、諦められた筈のもの、向き合いきれた筈のもの。

それを取り戻すための時間は、もうとっくに過ぎ去っている。

 








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