Eno.357 キョク 追憶 竈に火を焚べるまで - はじまりの場所
我がフユワスレとして顕現してから幾年か。
春を謳歌する人の子の行いは目に余るものとなってきた。
花園を踏み荒らし、笑いながら茎を手折り、汚物を残して去っていく。
木々も倒された。植えればよく育つといって、どこぞから種を運び、育てば根こそぎ刈っていった。
我の周りに集い始めたフユワスレたちも、当然良い顔はしなかった。
とある春、我はカッとして、茎を手折った人の腕を焼き飛ばしてみた。
信じられぬといった顔をしていたが、『同じこと』をしたまで。
花を踏み荒らす酔っ払い共はよく燃えた。かつて果実であった酒は火を鮮やかに踊らせる。
そうして花園には、人っ子ひとり寄り付かぬようになった。
人と顔を合わせず、それへの興味も失せた頃の冬、
我は己が春を呼べぬようになっていることに気づいた。
周りを見渡せば、フユワスレだったと思しき『ただの牡丹』が並んでいる。
まあ、我はそれでもかまわぬと思った。
人の子ばかりが浮かれ狂う春にいったい何の意味があろうか?
結局、その年の冬は白雪とともに過ごした。
雪が溶け、真の春が来れば、
当たり前のように芽吹きは訪れよう、と。
雪が溶けてから気がついた。草木の発育がおかしい。
幾年と、我が春に適応した植物たちは、もはや『普通の春』では支障をきたすようになっていたのだ。
火の加護を持つ我が春はただの気候変動に在らず、落ちた枝や草木の骸も聖灰に、土はより豊かに肥える。
数多の植物が一挙に育つことができたはずの土が枯れ、草木が弱り、
これは由々しきと、初めて慌てたその最中……
花園にひとり人の子が踏み込んできた。
久度春。
島における上層農家と名乗る男。
のはずだが、なぜか生傷の目立つおかしなやつだった。
奴は手始めに非礼、非道を詫びてきて、何のことだと返したら、
我が人の子を燃やすに至った、草木への暴虐の数々のことだと。
別にお前がやったことではあるまいと思ったが、下々の過ちは上位の者が謝るのが定石と言う。
久度春は続ける。
島の人里では、諍いが起きていること。
その諍いを諌めるには、我が春が必要であること。
無論、この時の我は春を呼ばぬのではなく、呼べなかった。
呼べたところで、人の子のために施してやる筋合いなどない。
追い返しては、日を改め来るしつこい男をあしらう。
それを幾度と続けるうちに……
なぜか我は春を呼ぶ力を取り戻していた。
釈然としなかったが、我は枯れた土と草木のためと春を呼ぶ。
ついでに久度春の望みも叶った。
叶ったというのに、なぜか妙に緊張した面持ちを浮かべているのは気に入らなかった。
その後しばらく久度春の姿も見なくなり、清々していたのだが、
久々に現れた奴が以前にも増して傷だらけになっていたのは、
さすがの我の目にも異様なこととして映った。
「——では、何か?
我に春を取り戻させようとしたのも
人里で起きている諍いというのも
我を討たんとする勢力に対抗するためだったと?」
問い詰めた久度春は、ようやく白状した。
人里では、『春を求める人の子』と、『"人を燃やす花の怪異"を討たんとする人の子』との対立で
真っ二つに割れているという。
久度春は春を求める方の勢力で、しかし争いを止めるために力を振るうべきではないと
根回しに奔走しながら、襲いかかる暴力から逃れるばかりであったという。
我は、力は力で捩じ伏せねば止まらぬと言った。
そも、我を狙う勢力ならば我自ら燃やしてくれようと。
しかし、久度春はならぬと止めた。
人を信じて待ってほしい、と。
必ず諌め、平和な春の礎を作る、と。
そう何度も説き伏せてきた。
だが結局
結局は
「この、たわけがッ!!」
——これが、この島を覆う最後の大火となろう。
力に任せ逆らう者共はもう焼き尽くした。
我が春を気に入らぬものは、この島から尽く出て行け。
そうだ、出て行け。
我は天道から見ているぞ。
そして、残った人の子らよ。
我は、怒りに任せてお前たちを燃やすことは、もうやめよう。
春を以て、お前たちを護ろう。
その代わり、お前たちは春を柱に生きるのだ。
我らが、お前たちが、再び割れぬ為。
外から訪れし者に、従う郷を与える為。
春を謳歌する人の子の行いは目に余るものとなってきた。
花園を踏み荒らし、笑いながら茎を手折り、汚物を残して去っていく。
木々も倒された。植えればよく育つといって、どこぞから種を運び、育てば根こそぎ刈っていった。
我の周りに集い始めたフユワスレたちも、当然良い顔はしなかった。
とある春、我はカッとして、茎を手折った人の腕を焼き飛ばしてみた。
信じられぬといった顔をしていたが、『同じこと』をしたまで。
花を踏み荒らす酔っ払い共はよく燃えた。かつて果実であった酒は火を鮮やかに踊らせる。
そうして花園には、人っ子ひとり寄り付かぬようになった。
人と顔を合わせず、それへの興味も失せた頃の冬、
我は己が春を呼べぬようになっていることに気づいた。
周りを見渡せば、フユワスレだったと思しき『ただの牡丹』が並んでいる。
まあ、我はそれでもかまわぬと思った。
人の子ばかりが浮かれ狂う春にいったい何の意味があろうか?
結局、その年の冬は白雪とともに過ごした。
雪が溶け、真の春が来れば、
当たり前のように芽吹きは訪れよう、と。
雪が溶けてから気がついた。草木の発育がおかしい。
幾年と、我が春に適応した植物たちは、もはや『普通の春』では支障をきたすようになっていたのだ。
火の加護を持つ我が春はただの気候変動に在らず、落ちた枝や草木の骸も聖灰に、土はより豊かに肥える。
数多の植物が一挙に育つことができたはずの土が枯れ、草木が弱り、
これは由々しきと、初めて慌てたその最中……
花園にひとり人の子が踏み込んできた。
久度春
「久度春 、この身焼かれる覚悟にて参じました。
春の王、どうか私の言葉をお聞き届けください」
「
春の王、どうか私の言葉をお聞き届けください」
久度春。
島における上層農家と名乗る男。
のはずだが、なぜか生傷の目立つおかしなやつだった。
奴は手始めに非礼、非道を詫びてきて、何のことだと返したら、
我が人の子を燃やすに至った、草木への暴虐の数々のことだと。
別にお前がやったことではあるまいと思ったが、下々の過ちは上位の者が謝るのが定石と言う。
久度春は続ける。
島の人里では、諍いが起きていること。
その諍いを諌めるには、我が春が必要であること。
無論、この時の我は春を呼ばぬのではなく、呼べなかった。
呼べたところで、人の子のために施してやる筋合いなどない。
追い返しては、日を改め来るしつこい男をあしらう。
それを幾度と続けるうちに……
なぜか我は春を呼ぶ力を取り戻していた。
釈然としなかったが、我は枯れた土と草木のためと春を呼ぶ。
ついでに久度春の望みも叶った。
叶ったというのに、なぜか妙に緊張した面持ちを浮かべているのは気に入らなかった。
その後しばらく久度春の姿も見なくなり、清々していたのだが、
久々に現れた奴が以前にも増して傷だらけになっていたのは、
さすがの我の目にも異様なこととして映った。
「——では、何か?
我に春を取り戻させようとしたのも
人里で起きている諍いというのも
我を討たんとする勢力に対抗するためだったと?」
問い詰めた久度春は、ようやく白状した。
人里では、『春を求める人の子』と、『"人を燃やす花の怪異"を討たんとする人の子』との対立で
真っ二つに割れているという。
久度春は春を求める方の勢力で、しかし争いを止めるために力を振るうべきではないと
根回しに奔走しながら、襲いかかる暴力から逃れるばかりであったという。
我は、力は力で捩じ伏せねば止まらぬと言った。
そも、我を狙う勢力ならば我自ら燃やしてくれようと。
しかし、久度春はならぬと止めた。
人を信じて待ってほしい、と。
必ず諌め、平和な春の礎を作る、と。
そう何度も説き伏せてきた。
だが結局
結局は
久度春
「……………………
なりませぬと……言いました、のに………」
「……………………
なりませぬと……言いました、のに………」
「この、たわけがッ!!」
——これが、この島を覆う最後の大火となろう。
力に任せ逆らう者共はもう焼き尽くした。
我が春を気に入らぬものは、この島から尽く出て行け。
そうだ、出て行け。
我は天道から見ているぞ。
そして、残った人の子らよ。
我は、怒りに任せてお前たちを燃やすことは、もうやめよう。
春を以て、お前たちを護ろう。
その代わり、お前たちは春を柱に生きるのだ。
我らが、お前たちが、再び割れぬ為。
外から訪れし者に、従う郷を与える為。
旭丹王
「この春柱島に、新たな掟を築く」
「この春柱島に、新たな掟を築く」