Eno.322 恋路 六六  【記録】箱舟の青空教室⑦ - せせらぎの河原

クルフィ
「えぇと……」


ラクヤス
「はい」


クルフィ
「そのわりに ここに、複製体……いない ですね?」


少女の言葉に、教師風の男は腕を組んで『うぅん』と唸った。

ラクヤス
「天龍の方の龍は、命を繋いで繁栄する種族ではありませんから、
 私たちの保護対象からは少し外れるんですが……、
 そうですね、クルフィ。

 今、あなたの考えている通り……その個体は死を免れました


クルフィ
「どうして?」


ラクヤス
「龍殻が発現しかかっているのを察して、
 うまく身体から分離した者がいたようです。
 なかなかの荒業だったと思いますが……死ぬよりはずっと良いでしょう」


クルフィ
「わぁ」


少女が驚きだか畏怖だか分からない声を上げた時、
教師風の男は、ぱたりと図鑑を閉じた。
見上げると、木々の間から漏れる日が、紅く染まり始めている。

ラクヤス
「今日はここまでにしましょうか。
 帰りましょう、クルフィ」


クルフィ
「はい」


頷いた少女は、男の後について草原を歩き出す。

涼やかな風はぽつんと残された机を撫で、
箱庭の夜は静かに更けていった──








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