Eno.676 ✿  #007 Re;pray  - はじまりの場所

 

「どうして私なんだろうっていつも思うんだ」


 ばさりと分厚い脚本を放り出して溜息をつく。何度も読み返して時には乱暴に扱ったそれは所々破れてページも剥がれ落ちてなおもテープで無理やり補強してきたものだからひどくボロボロだ。本としてはガタガタで棚にも入れられないほどで見るも無惨。夢の中だから目で見て触れられる私の脳みそ。


「私なんて女だからって産まれることを拒絶されて追い出された残骸だよ」


「供養されないどころか箱に詰められて変なまじないかけられて、呪物として他所の女子どもを食べちゃうよう命令されてその通りにしたばけものだよ」


「そんなのに愛を説く母親役させるってキャスティングミスってるでしょ」


 ありとあらゆる悪意を詰め込み呪詛で満ち満ちた醜悪の果てを摘み、ぱらぱらとページを捲る。

 どこぞの誰かはこう言いました『君は呪うばかりで呪いしか振り撒けないね』

 どこぞの誰かは私の王子様でした


「愛とはなんだろう。父性とは、父性は傍で見ていたからちょっとわかるけど母性はさっぱりだ。あぁ辞書は要らないよ意味は知っている」


「意味は知っていてもいざ演じるとなると上手く口が動かないんだ」


この人私の母ならこう言うだろうなってものが無いから、だから……」


「そう、いつかの私がして欲しかったこと言って欲しかったことをするんだ」


「でもこれってなんか違うよなって」


 捲り開くページには上辺だけの愛の言葉ばかり並んでいる。
 其処に並ぶ文字の羅列はいつかの自分が紡いだものだけじゃない。自分に向けられたあれもこれも記録されている。


「だって、私と出会うひとは大体みんな産まれることを許された命だよ」


「許されずとも生まれて、幸せになるため幸せにするため生きてる命だ」


「そんなみんなが欲するものと私が欲するものが同じなわけないからさ」


「私の言葉はきっと誰にも響いていない」


「私の言葉はきっと誰にも届いていない」


 夫は私のことを深く知ろうとはしなかった。代わりに夫は夫に縁のある場所に私を何度も連れて行った。
 自分の口から語らせたかったのだろうか?そのわりには色々なことを私に見せてやらせて共有して、私の感想に一喜一憂しては私が慰めて。
 私が私のことを話すタイミングなど無かったし、やはり聞かれた時に答えればいいやと考え幾星霜からの夫の結論が呪いは呪いでしかない・・・・・・・・・・


「それでいいんだよ。私は私でいきものが嫌いだからさ」


 だから、要らないと手放した。
 夫を看取ったが私達夫婦はいきものに恐れられ人里から離れて住んでいたため、夫だったものはそのまま捨て置いた。
 墓は遺されたものが堪えられないから作る。そこに魂があるものだと信じ供養するために、生者と死者の境を明確にし溶け合わないために作る。

 私は要らないと手放したものに墓など作らなかった。
 彼は嘘を吐いて私の懐に入り込み私を蕩けさせた果てに、嘘でしたと私を置いて逝った。

 私はいきものが嫌いだ


「……嫌いなんだけどな。それでもさいわいであれと願わずにはいられない」


 誰がなんと言おうと信じることはもうない。
 私は私だけでいい。何も無い場所が私の在るべき場所でいい。痛いのも苦しいのも悔しいのも悲しいのも憎み呪うのももうたくさんだ。
 私は私だけがいい。何も無い場所が私の在るべき場所なんだ。  そ  う  お  も  わ  せ  る  のももうたくさんだ。


「こんな面倒臭いものは私だけでじゅうぶんだ」

 それでも、誰かが笑ってると嬉しいし、頭を撫でてもらうと安心するし、いきてるひとのぬくもりが落ち着くんだ。いつになったらそう想う心そのものが欠けてくれるのだろう。








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