Eno.45 ピエタ  最後の挨拶 - ひかりの森


親愛なる貴方へ。



この手紙をご覧になっている頃、貴方はどこにいらっしゃるでしょうか。

人の世を彷徨い、人々の成したことごとに触れ、貴方は何をご覧になったでしょうか。

貴方がお捜しになると心に定められたものは、見つかりましたでしょうか。

おそらくは、この手紙の方が先に見つかったのではないでしょうか。



失礼ながら、貴方は生まれたばかりの幼子のようなもの。

右も左もわからぬ方を送り出すことには、反対意見も多くありました。

ですが、この旅はあの御方の最期のご意志。背くことはできませんでした。



道中の路銀などは足りていますか? なるべく少しずつ使うようにとお伝えしましたが。

我々の助けが及ばぬ場所で、何か大変な窮状におられるのではと案じています。

お困りのことがあれば、人に助けを求めて下さい。可能であれば、ヴァレリア様に似た方に。

人は同胞に奉仕し、対価を得て暮らしています。同じようになさって下さい。



旅立たれる前に、ヴァレリア様からのお言伝をお伝えしましたね。

わかったと仰るまで、何度もお伝えしました。

ですが、あの時はまだ十分に理解なさっていない様にお見受けしました。

もしもの場合に備えて、我らが尊き御方の御言葉を今一度書き留めてお渡しします。





我々、歴代のヴァレリアを代表してお伝えせねばならないことも。



この教区は1000年前の昔から、代々ヴァレリアを名乗る者が預かって参りました。

『黄金伝説』の美辞麗句に隠された犠牲を、無かったことにしないためです。



我らが尊き御方、ヴァレリア様は、貴方との約定を守るために身罷られました。



貴方が休眠状態に入られてから間もなく、人々は黎明石の採掘を再開しました。

日々豊かさを取り戻してゆく中で、人はさらなる豊かさを求めます。

誰かが貴方の結晶角のことを話題にしました。



黎明石は純粋魔力の結晶。そして《黎明》の頭部には、世界最大の結晶が二つ。

魔力容量は計算不能。大陸全土の魔力需要を賄えるほどの量には違いありません。

兵器転用されたならば、一国が消失する規模の災いさえ引き起こせるでしょう。

手にした者は巨万の富を、無尽蔵の魔力を我がものとすることが叶います。



貴方の結晶角こそは、誰もが求める天の恩寵。あるいは未曽有の災いとなりました。

そして貴方の臥所を知る者は、この世にヴァレリア様ただお一人のみ。

公然と追及がなされ、人々の野心がヴァレリア様の身辺を脅かしました。



『黄金伝説』によれば、ヴァレリア様は一命を賭して封印を成したことになっています。

史実は全く異なります。この街の恥部を、先人の罪を麗しい言葉で糊塗しただけです。

我々に最期の御言葉を残し、貴方の下に向かわれたことは間違いありません。

その後のことは……誰もすべてを見届けられなかった。



ヴァレリア様を追う者は数知れず、未開の坑道はあまりにも危険な場所でした。

何らかの事故か、不慮の事態が生じたのでしょう。

教会の者が諍いが起きたところを目にしましたが、混乱の中で見失ってしまいました。

我らが尊き御方、ヴァレリア様は二度とお戻りになりませんでした。



もしもヴァレリア様が貴方の側で身罷られたのであれば―――

その死と生命、存在の全て…あの御方の慈悲心さえも、貴方の一部となったのでしょう。

《黎明》の権能、すなわち”死せる魂の再資源化”については生前の記録がありましたから。

貴方が伝承通りの御姿で現れたことも、無関係とは思いません。



テセウスの船のたとえに従うならば、貴方の内にはヴァレリア様の痕跡が存在します。

個の生命は不可分のもの。であれば、一部も全部も同じことです。



ヴァレリア様は、貴方の中に生きている。

あるいは、貴方こそが真なるヴァレリア様―――なのかもしれません。



どうあれ、我々は後事を託されました。

あの御方と貴方の成した事績に想いを致し、言葉に尽くせぬ感謝と共に、務めを果たします。



ピエタ。我々は貴方と共に在ります。ヴァレリア様も貴方の御許みもとに。

貴方の前途に祝福を。主のご加護があらんことを。



ヴァレリア
「ピエタはいつか目覚めます。
百年先か、千年先になるかもわかりませんが……」


ヴァレリア
「惑うのでしょうね。
世の移ろいと、私の姿が見えないことに」


ヴァレリア
「捜すように、とお伝えいただけますか。
私たちは捜しています。生きている限り、捜し続けるさだめにあります」


ヴァレリア
「形あるもの、あるいは無形の幸福…何でも構いませんが」


ヴァレリア
「捜し求めてほしい、と考えます」


ヴァレリア
「いつか私を忘れるくらいに、素敵な出会いもあるでしょうし?」


ヴァレリア
「後の世は、どんな景色になっているのでしょうね。
心残りがあるとすれば、この目で見られぬことだけです」


ヴァレリア
「……ピエタもきっと、理解してくれますよね」



ヴァレリア
この世で最も尊く、価値のあるもの


ヴァレリア
いかなる財貨をもってしても、贖うことの叶わぬもの











ヴァレリア
ピエタ、




ヴァレリア
―――私の”未来”を、あなたに贈ります









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