Eno.45 ピエタ  三通目の手紙 - ほしふる洞窟


親愛なる君へ。



ごきげんよう。DIMのクロンカイトだ。

僕からの手紙が、君たちの助けとなることを願っている。



ヴァレリアが現れるまでに、僕らと《黎明》の関係はだいぶ怪しくなっていた。



傭兵たちの一群が、50人か100人。多い時には、もっとたくさん送り込まれる。

《黎明》の注意を逸らし、めぼしい石や宝を持ち出す時間を稼ぐためだ。

彼女も人間たちの相手をしようとした。客人をもてなすようなつもりでね。



その頃にはもう、《黎明》は黎明石を独占する強欲な怪物とみなされていた。

まるで悪魔だ。人の魂を代償に願いを叶える、なんて書かれた文献まで残っている。

あらゆる貧困や社会悪が《黎明》のしわざとされた。

力づくで排除できるものならそうしただろう。でもそうならなかったということは……

いかなる手段をもってしても、《黎明》を殺せなかったということだ。



ヴァレリアはそんな状況に通りがかって、人々の困窮を聞き入れた。

彼らは口々にこう言った。誰でもいい。《黎明》を倒してくれ、とね。





彼女はともかく《黎明》を探した。すぐに見つかった。

ヴァレリアは地底に潜む蒼き竜種に挑むでもなく、ただ語り掛けた。

言葉なんか通じない。《黎明》も人の言葉なんて知るはずがない。



それでもヴァレリアは語って、語って、語り続けた。

《黎明》も応じた。彼らの言葉で問い返した。一体何を言っているのか、と。

ヴァレリアは確信を抱いた。

《黎明》との間には、意志疎通が成り立ち得るに違いない。



それなら、言葉を教えるまでだ。

どれほどの時間がかかったか知らないが、とにかく彼女はやり遂げた。

《黎明》の知る言葉の多くは、当時ヴァレリアが教え込んだものだ。

ヴァレリアは新たな話し相手を《慈愛pieta》と呼んだ。



ヴァレリアが語り、ピエタが問う。ヴァレリアが問い、ピエタが語る。

話題はいろいろだ。人間のこと。地上の様子。今の世界がどうなっているか。

知っている限りのことを語って聞かせ、彼らは交流を重ねていった。



だが、そんな時間も決して長くは続かない。

ヴァレリアとピエタの関係は皆の知るところとなり、人々は改めて協力を求めた。

《黎明》退治に力を貸してほしい、という訳だ。





ピエタをこのままにはできない。かといってピエタを害する理由がない。

ヴァレリアに与えられた猶予は少ない。彼女への疑いを口にする者もいた。

彼女が出した答えはこうだ。



ヴァレリア
「今はまだ、早すぎたのでしょう。少しだけ、お待ちいただけませんか。
 つかの間の眠りを。人があなたを迎え、共に歩める日が訪れるまで」


ヴァレリア
「償い……ということではなく、ひとつ贈り物をさせて下さい。
 世界で一番の宝物を、素敵なものを贈ります」


ヴァレリア
「この世で最も尊く、価値のあるもの」


ヴァレリア
「いかなる財貨をもってしても、贖うことのできないものを」


ヴァレリア
「目が覚めた後のお楽しみです。ちゃんとお休み下さいね。
 狸寝入りはいけません。ダメですよ。本当に」


ヴァレリア
「………”寂しい”ですか?」


ヴァレリア
「はい、私もです。たくさんお話、しましたものね」


ヴァレリア
「おやすみなさい、《慈愛pieta》」


ヴァレリア
「願わくば、あなたにも主のご加護がありますように」




ピエタは彼女の提案を受け入れ、地の底のどこか深い深い場所で眠りについた。

ヴァレリアはピエタの休眠を見届け、人々は《黎明》の封印に成功した。

黎明石の採掘が再開され、僕らのご先祖様は新たな繁栄の時代を謳歌することになる。



これもまた、『黄金伝説』の聖人たちが成し遂げた偉業のひとつ。

正しき信仰の光をもって、良民に害為す悪竜を調伏せしめた。世の人々はそう讃えた。

《竜殺し》の聖女ヴァレリア。



彼女の名は永遠のものとなった。

 








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