Eno.45 ピエタ 二通目の手紙 - せせらぎの河原
親愛なる君へ。
DIMのクロンカイトだ。話の続きといこう。
ことはこの街の起源にまで遡る。昔話をさせてほしい。
昔々、あるところに孤独な旅人がいた。彼は道に迷っていた。
人里離れた僻地にひとりっきりだ。助けが来るはずがない。運命に絶望しかけていた。
せめて安らかに、と望み、死に場所を探した彼は、足元に蒼く光るものを見つけた。
それは美しい宝石だった。ただ美しいだけじゃなく、純粋な魔力の塊でもあった。
彼は宝石の助けを借りて生還を果たしたが、すぐにあの場所へと舞い戻ってしまった。
理由は簡単。あの宝石だ。探せばたくさん見つかったし、そいつを売って裕福になった。
けれどもそんな儲け話を、いつまでも隠しおおせる訳がない。
最初は山師が集まった。本職の鉱夫も商人も集まって、生活を始めた。
山を切り開く。村ができる。いくつもできた。市が立ち、次第に大きな街になる。
要衝には城が建ち、街の中心には教会が建立された。
まるで夜明けが訪れるように、あの蒼いきらめきがすべてを照らした。
はじまりは、遠い遠い昔の話。ひとりの旅人の不運と幸運が人の歴史を変えてしまった。
僕らはこの石を”
黎明石は心臓だ。動力源だ。あらゆる魔術機構に組み込まれて、僕らの暮らしを支えている。
光量は燃料としての質、つまりは魔力量の多寡を示しているらしい。
僕らは昔からずっと黎明石を利用してきたし、今も変わらず身の回りに溢れてる。
更なる高出力と安定性を求めて、精製の研究が進められてきた。
今じゃ液体にして流したり、好きな形に成型する技術なんてのもあるそうだ。
この街は昔からずっと黎明石の採掘で栄えてきた。僕らのご先祖様も掘って掘って掘りまくった。
それで、掘り当ててしまったんだな。黎明石の”本体”を。
少しだけ、彼女の紹介をしてもいいだろうか。
ピエタは”竜種”を自称している。僕らが”人類”っていうみたいなものだ。
正確な姿はわからないが、現代の竜とはまったく異なる存在だったと推測している。
僕らの知るピエタ―――《
彼女の言葉を借りれば、”燃え残ったもの”……資源を集める仕事をしていたそうだ。
薪を割って積んでおくみたいに、ピエタは長い時間をかけて黎明石を生み出し続けた。
彼女自身がある種の生体プラントだった。この偉大なる魔術資源を精製しつづけた訳だ。
証拠も見せてもらったよ。花瓶の花を黎明石に変えてみせた。
これは結構なことだった。一瞥もくれずに純粋魔力への昇華をしてみせた。
魔力という資源を消費するのでなく、濾過して凝集させたんだ。
同じことを僕らがやるとどうなるか?
エントロピーが際限なく増大する。とても大掛かりな装置が必要になるし……
小石をひとつ生むために一山まるまる使い切ることになる。不可能じゃないが、意味がない。
彼女が集めておいたのを、僕らが使わせてもらう。《黎明》と人の関係はずっとそうだった。
極端なことを言ってしまえば、たとえ彼女がいなくても、人類はいつかここまで来られただろう。
途方もない困難を乗り越えてね。もしかしたら、魔術なんて存在しなかったかもしれない。
それに、一万年後か一億年後か、正しい答えはどこにもない。彼女の働きは文明の到来を大いに早めた。
彼女こそは《黎明》を告げるもの。蒼き焔のプロメテウスだ。
昔の彼女もきっとあの蒼く光る翼なり尻尾なりをそのままに持っていたんだろう。
図体なんかもう、山のようにデカかったって言っていた。なにしろ恐竜たちの生き残りだ。
当時の姿を見てみたかったな。デカい生き物は最高だ。しかもピカピカ光ってるんだぜ。
地の底でそいつに鉢合わせた時の混乱ぶりが目に浮かぶみたいじゃないか。
一目見て、”こいつが親玉だ”ってわかったんだろう。頭に結晶を生やしているしな。
僕らのご先祖様は、このデカい生き物を祭り上げることにした。
捧げものを持ち込んで、採掘にお目こぼしを貰おうっていう寸法だ。
後になってわかった話だが、《黎明》が供物を求めたことはなかった。ただの一度もだ。
それでも慣習が儀式となった。黎明石がもたらす富が財宝になって積み上げられた。
周りの国も黎明石を奪おうとした。小競り合いに戦費が嵩んで、存続が厳しくなくなるまで続いた。
さらに疲弊が進んでいくと、今度は《黎明》に捧げられた財宝を持ち出す様になった。
彼女の怒りに触れることを怖れながらね。
黎明石を取り続けるには、もっと深い地層を掘らないといけない。財宝も欲しい。
やがて武装した傭兵たちが送り込まれて、《黎明》の棲家からより多くを得ようとする様になった。
いつしか《黎明》は、豊かさをもたらす存在から煙たい邪魔者になってしまったんだ。
そんな折のことだった。ひとりの修道女がこの街を訪れた。
名をヴァレリアといった。世にも名高き『黄金伝説』のヒロインのひとり。
《竜殺し》の聖女ヴァレリアだ。