Eno.196 ロッカ  つまらない話 - はじまりの場所

故郷では文字通り、死んだ者は花になる。生まれ持った香りの花に。
そうして命が尽きた後に、花になり土地へ加護を返す。

どれだけ華々しく生きても。
どれだけ惨めな死を迎えても。
其処に残るのは花だけだ。
花だけが生きた証だ。死んだしるべだ。



『これやるよ』

病室で差し出される指輪を思い出す。
私の指には大きくて、親指と中指で丁度いいくらい。

雪みたいに血の気を失った肌、冬の枯れ木のように痩せた手指。
手のひらに乗った指輪は、すっかりその枝に留まることができなくなっていた。
正確には枝の方が痩せ細ってしまったのだ。
手指に彫られた魔術の刺青は、まるで葉っぱのか木の洞だった。

『私の爪じゃ塗っても映えないからさ』

いつからか理由をつけて私の爪を塗るようになった。
鮮やかな青。真夏の空を思わせる色。
土いじりで剥がれるからと言っても聞かなくて、結局こちらが剥がれないよう気を遣う羽目になったんだ。
彼女の手先が言うことを聞かなくなった後も、代わりに自分で塗って見せてやった。
満足そうに笑っていた。

『こんな萎れきった身体からもいっとう綺麗な花が咲くんだ。
 どんな終わりでも花は咲く。幸せな話だろ?』


今でも手袋をする習慣が抜けない。
今でも指輪を外せない。
今でも耳を飾る穴が塞がらない。


それは悲壮を引き摺って抜け出せないからではなくて
それ以外に悼みを記憶する方法が判らないから。
形のない思い出を、形ある何かに結びつけないと溶け消えてしまう気がして。



ロッカ
「………これも、つまんねえ話だな」









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