Eno.775 鳩当 心安  病気のはなし・3 - あざやかな花園

 表彰台の一番上。
 私はトロフィーを大事に抱えて、沢山のフラッシュが焚かれる。
 近くで見ると、台の作りは結構安っぽいのに、ここからの眺めはとても良かった。
 離れたところから私を見るコーチは、ここは通過点だと言いたそうに顔を引き締めていたけど、
私の視線に気付くと、少し口元を緩めて頷く。

 この国の中での一番はもう取った。
 きっと、今よりもっと速く走れる。

 その頃の私は、世界の人の半分どころか、全員の中で一番を取る自信があった――。



 『天使』は話を続ける。

『悪意ある世界の干渉が、単なる資源目当てなら、単純に排除してしまえばいい。
 世界を越えるエネルギー消費に対して収支が合わなくなり、早々に諦めてしまうだろう。

 本当に厄介なのは、知性体に干渉し、弄ぶものたちだ。
 意思を奪い、選択肢を奪い、自由を奪う。
 物質的な資源目当ての干渉より規模も小さく、感知の難しい例も多い。

 ……そうして、再び宇宙に増え始めた知性体を守るために行われた
 沢山の試行錯誤の中には、この宇宙の知性体を不幸にしてしまうものもありました。

 あなたは――』

『あなたは、人々の中で際立った存在となれる因果を持って生まれました。
 それは、あなたの人生に幸福とそれに伴う艱難を齎したけれど、
 本質は、そこではない。

 その因果は、悪意ある世界の干渉を引き寄せる性質を持つ。
 そして、その因果をもって悪意のもと異世界へ略取された知性体は、
 この世界の『主』の干渉できる『爆弾』となって――多くは、悪意への報復の後に命を落とす。』

『その状況が変わった時期は、グラデーションみたいになっていて特定できないけど、
 少なくともこの星においては、他の防衛策が功を奏して、
 望まぬ異世界へ連れ去られる知性体は大きく減りました。

 ……その代わりに、その強い因果の果てに、ひどく弱り果てて命を落とす個体が目立ち始めた。

 この世界において、一個の生命体が持つリソースが、他の個体より大きく逸脱することはない。
 その因果を持つものは、人よりも強く、烈しく生命を燃え上がらせて……早くに尽きてしまう。

 それが、あなたを侵す病気の正体。』

『私がこの星に訪れたのは、今なお残る因子の修正と、発症者への補償のためです。
 ただ、残念ながら、今の貴女の肉体は、修復できません。
 未だもって『爆弾』として機能するために、変性に対し、強固なプロテクトがかけられている。

 だから、選んでください。
 一個の知性体として意思を保存し、我々のような使徒として過ごしつつ、次の生を待つか。
 ……『主』にすら触れられざるものとして、死を迎えるか。』

 私は、その馬鹿げた長話を、窓の外の、空中に静止したままの、
先程よりわずかに翼の動いたように見える鳥を眺めながら聞いていた。
 それから、


「――いや、私は死ぬよ? てか、死ぬんでしょ。
 ただ、あなたの言うことを信じる気にはなれないし、
 話がそれだけならもう帰っていいよ。」


 手酷く突き放してやったつもりだった。
 それに対し、『天使』は少し考えるような素振りを見せたあと、


「じゃあ、こういうのはどうだろう。」


 そう言って、スマートフォンのようなものを何もない場所から取り出す。
 それが、『異世界に繋がる端末』だった。








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