Eno.775 鳩当 心安  病気のはなし・1 - あざやかな花園

 その病の存在は、紀元前より記録されている。

 ある時突然発症し、およそ1年かけて全身から生気が失われ、
まるで老衰のように弱っていき、やがて死亡する。
 罹患者の多くは20歳前後の若者で、生まれついて才覚に恵まれ、
死を迎えたときには周囲の人々に大きな悲しみを抱かせた。

 20世紀以降の人口増加によって罹患者数は増加したが、
それでも年間報告数が一桁を越える年はほぼ無かった。
 ただ、『もし生きてさえいれば』と惜しまれる若者ばかりが罹患することだけは変わらず、
遺族が『あの子は神に連れて行かれてしまった』と嘆く記録さえある。

 遺伝性疾患であることが有力視されているが、現在も原因となる因子は特定されていない。


「――本当に、性格の悪い病気。」


 タブレットを持つ腕が辛い。まだほんの数分しか扱っていないのに。
 嫌になって放り投げようとしたのに、手に力が入らないせいで取り落とすようになって、
タブレットはベッドに沈む。

 溜め息を一つついて、それから、タブレットより一回り小さくて、
自分の普段遣いのスマホよりも軽くて薄い端末を手に取った。

 異世界に繋がる小窓。
 違う世界のネットワークを閲覧できる、唯一の道具。
 それを自分に与えたのは、『天使』だった。



 その日、病室に現れた『天使』は、一言目に、『ごめんなさい』と言った。
 それから意味不明な名前を名乗ったあと、『望むなら全てを教える』と続け、
私はナースコールを押して、看護師を呼んだ。

 誰も来なかった。
 軽い恐怖体験だった。

 天使が窓の外を指差すと、空の鳥が空中に静止していて、端的に普通じゃない事態を示す。
 それから、改めて私に告げる。

『望むなら、あなたの病気のことを教える。
 あなたのこれまでの人生を否定することになるかもしれないが、
 代わりに、新しい道を示すこともできる。』

 私は、聞くだけは聞くことにした。








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