Eno.386 福平 双汰  3 - はじまりの場所

【本日誌には不穏/反倫理が含まれます】
僕は人殺しだ。
泣き叫ばれ、首を絞められた夕暮れが忘れられない。





死産だったんだ、と父方の祖父から聞いたことがあった。
――母親の腹の中に二人いたのだと、その時に初めて知った。
僕が人として生まれてきた時、揃って出てきたもう一人は心臓が止まっていた。
蘇生を施すまでもなく、死んだ命が出てきたのだと、医者から後に聞いたらしい。
二人分の幼児服は片方が売りに出され、靴や道具は予備で使われた。
それでも成功を願った母には完璧な結末ではなかったようだ。


完璧。成功。優秀。
母はレッテルが好きな人だったと思う。


双汰
「母さん、明日からは来ないよ」


父は顔に貼られた付箋をものともしなかったが、僕はそうはなれなかった。
貼られた値札を引き剥がし、ナイフで相手を切り裂きながら圧し折る事もできなかった。
机に伏し、感情を頭部の穴という穴から垂れ流す人を転がしたまま、僕は父と同じく消えた。
違うのは、遠くの墓石に一人埋もれた向こうとは違って、僕は人混みの中に混ざることを選んだ。
幸いにして、世の中は誰も彼もが僕に対して臆病でいてくれたけど。





双汰
「……ああ、明日特売日だっけ」


決まった曜日は卵が安い、って誰も教えてくれなかったから、一人になった後はちょっと苦労した。
それでも投げ込まれるチラシや貼られた広告のおかげでどうにかなった。覚える事は嫌いじゃない。
なんとなくでもインプットされたことは忘れなくて、携帯のホーム画面に書かれた曜日で把握もできる。
ローテーション、変わらない出来事っていうのは便利だ。ゴミ出しと安売りで一週間経ったってわかる。

双汰
「でもこっちにいたら、そういうのも関係ないんだよな~……」

双汰
「……いっそのこと、何か決まったことでもやってみようかな?」

双汰
「すぐやめちゃいそうだけど……花壇の手入れとか、うん、考えてみよう」


双汰
「生きてる実感っていうのはやっぱり必要だしね」



……自分が必要とされていないことはとっくに分かっていた。
誰にも良しとされず、誰からも理解されず、誰からも求められない人生。
それが自分の価値だとわかっていたから、抵抗もしなかった。
ただ知っただけだ。自分の知る価値と他人の知る価値には差があるということ。
誰からも理解されなかったのは、誰も理解し得なかったから。
でもそれでいい。何もないままがいい。何もなきままでありたい。
罪罰というものは罪を罪であると理解できる知性のみに与えられる赦しだ。
自分はこの世界にとって何も正しくなんてなかったんだ。








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