Eno.360 トカゥ  名もなき芽 - はじまりの場所

診察室で告げられた言葉は、短く、しかし大きかった。

「おめでとうございます」

その一言が、心の奥を震わせた。
張りつめていたものが解けていくようで、呼吸すらやわらかくなる。
この国の夜は終わらない。
けれど今は、その夜さえ祝福に思えた。

六本の腕をどうすべきか分からず、結局、ひとつの手のひらだけを彼女の背中にそっと添えた。
そこにはまだ形も名もない、しかし確かに息づくものがある。
その存在が、これからを指し示しているように感じた。

帰りの足取りは、とても軽やかだった。
これまでと同じ景色のその全てが、新しく見えた。
名もなき芽は、小さな奇跡。
それが息づいている、その事実だけで日常は輝きを増す。

これから続く日々の一つ一つが、宝物になる。
大事に積み重ねていこう。

今夜の空も、欠けることを知らぬ光に満ちていた。








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