Eno.295 クラヤミユウシャ  前 - はじまりの場所

シロクロ
「俺に届け物ですか?」

山を越え、谷を越え数カ月、小さな街の宿屋にやって来た時のこと。
共用リビングに内にあるカウンターの前に座り、野苺ジュースを飲む。
宿屋のおばさんは俺の顔を見て、何かを思い出した。それは俺に届け物が来ていたとのことらしい。
 
「勇者様が泊まる前日にこの手紙が来たんだよ。予約して無いのに…まるで、此処に来ることが分かっていたみたいだね。」

おばさんはそう言う。顔は笑ってはいるものの、何処か気味が悪そうな感情も混ざっている。
 
「ほれ、これがお届け物だよ。ファンレターかもね。」

ありがとうございます、と述べて雑に置かれた手紙を拾う。
少しシワシワになっている。俺と同じく、長旅だったのだろう。手紙を貰うのはいつものことだ。もはや習慣となっている。告白、感謝、誹謗等々。
何が書かれているのだろうか。少し胸を躍らせながら、慣れた手つきで手紙を開封する。
シロクロ
「招待状。」

それは聞いたことのない島。素敵な庭園があるとのこと。招待状を受け取ったのは。魔王軍の幹部以来…ストロールグリーンは新しい幹部か?それとも、何かの隠語?そもそもグリーンとは一体?
 
「招待状?まさかパーティ?流石勇者様。」

シロクロ
「いえ、パーティなどでは。」

 
「勇者様は月一回パーティに参加するとか聞いたことあるがね。」

シロクロ
「そんなに遊んでいる暇はありませんよ。魔王軍に侵略されます。」

 
「まぁ、確かに。」

奥から大きく、おばさんを呼ぶ声が聞こえた。目の前には誰もいない。ゆっくり目を閉じて、ストロールグリーンについて考える。奇妙な名前、魔王軍の幹部にも似た名前の者がいた。やはり何か怪しい気がする。具体的な日にちは書かれていない。直ぐに行ったほうが良いだろう。
シロクロ
「…よし。」

決心した後、野苺ジュースを一気に飲み干す。コインをテーブルに置き、光から剣を取り出した。椅子から立った際に、おばさんと目が合った。小さな会釈をする。
シロクロ
「ご馳走様でした。」

 
「もう寝るのかい?」

シロクロ
「いえ、出発します。」

おばさんは目を丸くした。
 
「まだ泊まってないじゃないか。」

シロクロ
「少し、やらなきゃいけないことがありまして。料金はカウンターに置いときました。」

 
「そうかい、わかったよ。勇者様、気をつけるんだよ。」

シロクロ
「はい。ありがとうございました。」

戸を開けると、まるで見送るようにベルが鳴る。夜風が肌を撫でる。
シロクロ
「魔王軍を止めないと。」

一歩、前へ進む。



 
「勇者様は忙しいねぇ。」

 
「まだ10くらいのガキを勇者にするなんてよ、国王は何考えてんだか。」

カウンターに置かれた、金色に輝く硬貨を手に取り、数える。
 
「硬貨が多いじゃないか。」

野苺ジュースの料金、宿泊代を合わせても硬貨3枚は余る。3枚でも旅をする者にとっては貴重であろう。チップにしては気前が良すぎる。そういえば、勇者はお金を余り持っていないとか。
 
「…あんな子が本当に世界救えるのか?」

 
「さぁ、知らないよ。私らはただ、行く末を見守ることしたできないね。」

心配と不安の混ざった溜息が、少しホコリ臭い空気に溶け込んだ。








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