Eno.358 ルクスリア 探索の記録 - はじまりの場所
ボクがソラニワを訪れるまで、さかのぼること2日前…
ソラニワに訪れる二日前、ルクスリアはいつものように仲間の機械竜と共に探索に出かけていた。
しかし、その途中で聞き覚えのある知らないはずの声が聞こえる。
そして探索も終盤に差し掛かった時、衝撃の光景を彼は目の当たりにする。
視界が薄い青と白色を交互に入れ替わる。
いつもこの景色を見るときは座っている場所から身を乗り出し、地上から見えていたふわふわのお菓子のようなものを掴もうとして、空中に向かって手を伸ばす。
雲だ。
ボクたちが空を飛んでいる間、当然雲を地上の人たちにお土産に持って帰れたことは無かった。でも、それでも気分が沈んだことは無い。
そこにあるのに掴むことができない感覚、地上で見た時よりも遥かに大きな実体。
こうした摩訶不思議な出来事はこれから起こる”冒険”への期待を少しずつ高めていた。
夢中になって目の前の雲をつかみ続ける。これだけでも到着まで飽きることなく退屈をしのげそうだった。しかし目の前のことに夢中になったときは大抵――
いきなり首元から後ろ側に強く引っ張られる。予告もない結構な力は探検への興奮から引き戻されそうな勢いだ。
バランスを崩し、思わず後ろへと倒れこむ。
ミズチめ、相変わらずバカ力である。マフラーがちぎれたらどうしてくれるんだ。
「ぐえっ!?引っ張りすぎだよ!注意と実行に移すのを同時にしないでよ!」
「ここからは危険を察知してから一秒も余裕がない場面なんて山ほどあるからな。ワクワクするのは結構だが、油断は禁物だ。」
ボクがしかめっ面をしても相変わらず表情一つ変えずにミズチは応える。
ただでさえあんまり表情を変えないやつが、帯紐がついた笠で顔元を隠し、生き物からかけ離れた光沢をもつ体に、片刃の細い剣を携えて、変わらない声色で会話する。
ボク達で”機械のような”という言葉が一番似合うのは間違いなくこいつだ。
「ボクは初めてここに来たわけじゃないもん!前にここに来た時のこと、忘れたとは言わせないよ!」
今回の探索は初めてじゃなかった。
大分前に、初めて3人でここを訪れた時のこと。
この”草原”に眠る昔のひとたちの発明品や素材を使ってボクたちの体が修理されてると聞いて、ボクは探索しに行く2人に無理を言ってついていった。
ミズチ達はボクを守りながら探索する計画を立てていたらしく、常に2人ともボクの前に出て、敵を退ける姿勢にいた。
けど、守られるだけでは終われない。ボクは少しずつ出会った敵を観察し、遠隔ながらもボクの浮遊する剣で次第に2人に助太刀できるようになった。
探索の終わりごろには敵の性質も大体理解して、それから……。
「……盛り上がってるところ悪いが、お前は最後の方でエネルギーが切れたんだ。仕方なく俺達はお前を抱えて帰ることにしたこと、覚えていないのか。」
一番思い出したくない場面を思い出す直前にたたきつけられ、落差と少しの恥ずかしさで真っ赤になるぐらい顔が熱くなるのを感じた。
「こ、この~~!!」
遅れてきた怒りと共にミズチにとびかかろうとしたとき、座っていたところから叱るような声が聞こえてきた。
「ミズチ!もっとトゲのない言葉を使わないと伝わるものも伝わらないでしょ!」
飛行中のエンジンの轟音に関係なく、聴きなじみのある怒号が直接耳に飛んでくる。
エリクスだ。ボクたちはこいつの背中に乗って、ある場所へと移動している。
頭から尾まで、ゆうに7mはある大きな竜のような体で、軽やかに空を飛ぶ。この世界で飛ぶことができるのは鳥ぐらいなものだから、エリクスの飛行能力の便利さには頭が上がらない。
「ん。そうだったか。少し柔らかめの言葉を使ったつもりなんだがな。」
ミズチが意外なところを指摘されたような口調で答える。意識せずとも切れ味抜群な事実を淡々と言ってくるのは彼の悪い癖だ。
「それから」とエリクスは同じ口調で続ける。今度はボクだ。
「ルクスリア!前行った時のことを覚えてるなら、どうして危ないことを繰り返すの?」
何も言い返せないような、ミズチとは別の方向性で言葉に詰まる指摘が飛んでくる。
「危ないことを繰り返すならミズチに引っ張られても文句は言えないよ。」
「…わかったよ。気を付けるから。」
いつもこの言葉しか返せないとき、ボクは自分の欠けたものが突きつけられるような気がして嫌な気持ちになる。
耳をふさいだり目をそらしたりすると余計説教が伸びるのを理解してからは、より嫌な気持ちが膨らむような気がした。
「もうそろそろか。見えてきたぞ。」
渡りに船のようなミズチの一言により、皆の意識が前に向いた。
――空に浮かぶ"草原"。
昔の住人が文明の力でたどり着き、空に街を築いて、今は無い卓越した技術で、
想像もできないような便利な生活をしていた空島。
住民はいなくなっても、住民たちの使っていた装置や技術は手つかずの状態で、
星の数ほど埋もれている…。
ボクがまさしく楽しみにしていたのは、ここの探索だ。
退屈な地上とは違って、目に映るもの全てが未知で、時に常識を超えるような派手なものや、ひとたび起動すれば星空を閉じ込めたかのような神秘的な光景を映し出す装置。
危険は多少あれど、それを追い越すほどの冒険のロマンがここにはあふれている。
ボクは来るたびにこの光景を目にしては、”草原”に眠るロマンに心を躍らせていた。
「今日の目的地は中層の南端にある旧研究施設。今までの島よりも一応深層になるから、油断しないように。それから誰かが動けなくなったら即時撤退のつもりでいるから、よろしくね。」
エリクスは進行方向の奥、霧に隠されかけた周囲より一回り大きい島を示しながら、ボク達に探索の作戦内容を伝える。
ボクたちはそれぞれ得意なことが違うから、探索でもそれぞれの役割を持つことになる。
エリクスは移動とみんなの指示と回復を、
ミズチは切り込みと突破を、
そしてボクは2人の援護をそれぞれ任されている。
今まで踏破してきた島も、この役割分担で特に苦戦せず攻略できていた。
「ふふん!中層でもなんでも、前みたいにやられる前にやればいいもんね!」
「…中層以降は、今まで退けてきたような家庭用ロボットだけじゃなく、武装した戦闘用警備ロボットが出てくる可能性もある。今まで通りいかない場面だってあるってことだ。」
作戦内容を流し聞きするなと言わんばかりに隣から声が聞こえる。
「戦闘用ロボット達は俺と構造が似ている。いつもの稽古で俺に勝てたことがないお前は猶更注意するべきだ。」
全く悪意のない事実にまた頭に血が上りそうになる。もっとマイルドに言ってほしい。
とはいえ、島の規模的にもこれまで行った場所とは格が違うことを目の前の景色が語っていた。一日では探索しきれないほどに広く、直径数百メートルはゆうにある研究施設が空島の地上と地下両方に根を張っているのだろう。
前にエリクスから聞いた話だと、”草原”は奥に行くほど住んでた人が多くなり、建物や大きな島も多くなるという。
「ミズチの言う通り、戦闘用ロボットは家庭用ロボットよりも動きが素早く、攻撃も強烈だからね。一体だけならルクスリアだけでなんとかできるかもしれないけど、無理しちゃダメだよ。」
エリクスとミズチは聞いたところによると、ボクがここに来る前は2人で中層以降を渡り歩いた時もあるという。
ボクは探索の腕に自信があるけど、それよりもこの2人はボクの実力を超えているのはこれまでの探索で明らかだった。
「周囲の環境は…うん、天候もよし。いくつか隣接した小島があるけど、目立った建物もない。」
エリクスは目的地に近づくと島の周りを一周し、島の構造や環境を最初に把握する。
研究室を構成する、環状に連なった棟や連絡塔らしき建物の窓を見ても、稼働しているロボットの数はそんなに多くなさそうだった。
「構造把握も完了。着陸に入るよ。ここからは慎重にね。」
エリクスは島の周りを2.5周ほどすると、翼のエンジン音を下げ始め、エントランスらしき場所へと航路を変えた。
「とうちゃーく!」
エリクスが着陸し、翼をたたんだことを確認するとボクは抑えてきれなかった興奮と共に島へ飛び下りる。
生き物がほとんどいない島はとても静かだ。まるで神聖な場所に踏み入ったみたいに、風が吹く音だけが聞こえる。
「ふむ。」
ミズチは腰の剣に手を当てながら建物やあたりを観察し、この一帯を経験則から分析し始めた。
建物はところどころ草に覆われており、窓ガラスは割れているが壁や柱への損傷は一般的な建造物と比べて軽微だ。研究施設にありがちな頑丈なつくりだ。ボクとミズチは窓から入れても、エリクスはエントランスからしか入れなさそうだ。
「動物どころか、歩き回ってるロボットすらいないぞ。」
「ここ周辺の空域は中層ということもあって、荒れることが多いからね。空島の嵐はロボットですらも飛ばす勢いだから、常時稼働していたロボットはもういないのかも。」
ボクたちが訪れる空域の天候は大切な探索の指標だ。いい天気、とエリクスが評した晴天の今でも、地上だと強風扱いされるぐらいの風速である。ボクたちが問題なく会話できるのは通信によるものが大きい。
また空島の天気は変わりやすい。天気が荒れそうなときは、しのげる場所を探すか、必死に帰るかの二択となる。
「早く中に入ろ!外には何も残ってないんでしょ?」
「あっ!こら!」
ボクはしびれを切らして、エントランスの動かなくなった自動ドアを勢いよく開ける。
鈍い音が施設の中を反響した。
瞬きする間にミズチがボクの前へ進み、施設の暗闇に向かって腰の剣を引き抜く体勢に入る。
「…。」
しかし、エントランスの奥からは反響した音以外が顔を出すことは無かった。
敵に気づかれてないのか、そもそも敵がいないのかはわからないけど、張り詰めた緊張感は会話できるほどまで少しずつ緩む。
「慎重にねって言ったの聞かなかったの!?ねぇ!?」
「ご、ごめん。つい心が先走っちゃって…」
周囲の安全を確認したエリクスが通信越しに荒い口調を飛ばしてくる。
後ろを見なくてもあいつのディスプレイに映った顔が怒っているのは容易に想像できた。
「だが、今ので何か装置が起動した気配も無い。思ったより警備が薄かったのか。」
ミズチは警戒しつつもエントランスの中へと足を進める。
施設の中は外と隔てられているのか、意外にも足の踏み場はあった。
外から侵入した蔦が足元を覆っている。
「あ!これはまだ使えそうかも!」
施設で昔使われていた遺物を見つけると、ボクは駆け寄って手に取り、お土産にするかどうかを決める。
大抵大きな音が出るものか、危険なものは雰囲気でわかるのでとりあえずスイッチを押してみた。
小さな起動音と共に、乳白色のドラゴンっぽい姿のものが立体的なホログラムで小さく映し出された。昔の子供たちが遊んでいたのだろうか。映し出す大きさも変えられるらしい。ドラゴンは時間と共に吠えたり、ブレスを吐いたりする。不思議な技術だ。
「何か見つけたか。ふむ。」
ミズチがボクの成果物に反応したのか、こちらにやってくる。
「まるでエリクスみたいな姿をしているな。戦闘に役立つかはわからないが、小さいから持っておくのも悪くない。」
「戦いに使えるか、じゃなくてこんな不思議な遺物があるなんて!って感動する場面なんだけど!」
探索の途中で拾ったものは持って帰る以外に、敵たちとの戦闘で使うこともある。
特にミズチは拾った武器をあたかも持ち主のように扱うことにかけては随一だ。その反面戦闘で使えないものに対する興味はだいぶ薄いけど。
「エントランスだけで結構遺物が残ってるね。敵もあんまりいないようだし、珍しく探索しやすい場所だね。」
「ああ。やけに静かだが、今のところ非戦闘用ロボットすらも見かけない。退路さえ押さえておけば問題ないと思う。」
探索を終えて集合し、ボクたちはそれぞれの集めた遺物と見たものを報告しあっていた。
一息ついてエリクスの用意したエナジードリンクを少しずつ飲み、この後に地下層の探索プランを話し合う時間だ。
「この後はどうするんだ。見たところ、下層へのエレベーターは一つしかないぞ。」
「最近は修理のための遺物の残りが少なくなってるから、もう少し探索を続けたいところだけど…」
この時間、ボクは主に休憩する時間になる。探索の方針は熟達したエリクスとミズチが決めることになっているからである。
もちろん下層も探索したい!というのがボクの意見だけど、言ったところであしらわれるのがオチだ。
今回の探索は大収穫とはいえど、スリルに満ちた普段の探索と比べても味気ない気がした。
なにか面白いこと、起こらないかな…
『そこにいるのは誰…?』
「えっ?」
どこからともなく聞こえてきた声に、あたりを見回す。
「ん?」「どうしたんだ。」
しかし、近くにはエリクスとミズチしかいない。声の元を探ろうとしても、声の方向は全く分からなかった。
『寂しい…とても寂しかったんだ…。』
まただ。
知らないはずなのに、聴きなじみのある声。これは音ではなく、通信のような何かで伝わってきている。
エリクスとミズチは気づいてないんだろうか。2人はボクの顔を見るだけで、とくに反応はしていなかった。
『キミが誰かはわからないけど、話せてうれしいよ。』
三つ目の言葉から、ボクは得体の知れない恐怖と焦燥を感じ始めた。
心が音叉のように震えている。エリクスに叱られたときのような、逃れられない感覚?
いや、同じだけど違う。これは…
『もっと近くで話したいな。ボクの近くにおいで。』
《警告 警戒レベル上昇 これより非常事態プロトコルを発動します》
「急に装置が作動したぞ。どうする。」
「周囲を警戒して!全員離れないで!」
けたたましいアラートが施設全域に鳴り響き、ついていなかったはずの証明は真っ赤に点灯する。
放送が繰り返すたびに、緊張感は頂点へと近づいて行った。
エリクスとミズチが互いの方向を警戒するようにボクの近くへ固まる。
「一体どういうこと……」
空調設備の作動音、止まっていたエレベーターの再起動する音、様々な音が混ざり合って耳に飛び込んでくる。だけど、一番注意するべき音は特徴的だ。
施設の中から聞こえてくる足音。冷たい無機質な床と無機物が小刻みにぶつかり合う硬い音だ。
「伏せて!」
突然何か黒い球体のようなものが目の前へ投げ込まれたかと思うと、エリクスの方へ強く引っ張られるのを感じた。
球体は閃光と共に炸裂し、想像を絶する轟音を発する。
目を閉じた後に爆風が頬を掠める。次に目を開けた時、エリクスが淡い水色に発光するバリアでボク達を守っていたことを理解した。
間髪入れずに不自然な風が横を通り過ぎた。敵は素早くエリクスの死角へ回り込もうとしている。
「ふん。」
敵の凶刃と見覚えのある剣が火花を散らし、鋭い音を鳴らす。
ミズチの剣だ。
「随分なご挨拶だな。」
火花が消えるまでの短い迫り合いの後、不意に力をこめて相手の剣を外側へ弾く。
しかし、敵は体幹を崩すことなく、弾かれた剣をそのまま後方へ引かせると、ミズチの胸元に向かって鋭く突きを繰り出した。
ミズチは予測していたかのように素早く姿勢を低くし、突きをかわす。
そして瞬時に剣を持ち直し、青白い弧を描いて敵の武器を持っている腕パーツごと斬り上げた。
ボクは恐怖と焦燥がいつの間にか消えていることを確認すると、追撃の機会を逃すまいと腰の短剣を抜き、浮遊パーツを起動した。
敵側は流石に近接戦だと分が悪いと感じたのか、敵はエントランスの入口の方へと距離をとり、体勢を立て直す。
「…どうやら相手は俺と同じ型番のようだ。気を付けた方がいい。」
敵がボク達の間合いの外に着地すると同時に、ミズチも元の姿勢へと戻る。
よく見ると笠の後ろが深く欠けている。先ほどの突きのせいだろうか。
「これからブレスのチャージを開始する。君達はあのロボットを出口まで引き寄せて!」
すぐ後ろにいるエリクスから通信で作戦が伝わる。どうやらエリクスのブレスで島の外まで吹っ飛ばす作戦のようだ。
「わかった!」
「わかった。」
ミズチが駆け出したのを見ると、短剣で指示を出し浮遊する剣を弧を描くように飛ばす。
敵はエリクスを警戒したのか、再び複数の小型爆弾を投げてくる。しかし外の光で今度は丸見えだ。同じ手はくらわない。
「えぇい!」
短剣で空中に×印を描く。すると浮遊する剣は軌道を変え、飛んできた小型爆弾を四方へと弾き飛ばした。
爆弾は敵の足元で炸裂し、爆風と煙が敵を包む。ミズチは剣を横に構えるとそのまま煙の中へと追撃に入った。
ミズチの足音が止まったと同時に、鈍く大きな音がする。
そして、煙の中からこちら側へ黒色の体が宙を舞って飛んでくるのが見えた。
「今だ。」
合図の通信と同時に、エリクスが温めていた喉からブレスを発射する。
気づかれたのか防御の姿勢を取り始めるも、踏ん張ることはできない。
「はっ!」
エネルギーの塊が敵の体を巻き込み、そのままエントランスの外に飛び出す。
そして石畳に触れた瞬間、閃光と共に水色の爆発を引き起こした。
強い風と土埃がエントランスの奥まで押し寄せる。
これだけの威力と、少したっても聞こえない硬い音。
作戦はうまくいったようだ。
「一刻も早くここを脱出しよう!まだ敵がいるかもしれない!」
湧き上がる達成感の前に、冷静な指示が飛んできた。
ブレスでくすぶる口を押えながらエリクスは翼のジェットエンジンを起動する。
「ミズチ!ルクスリア!私の背中に……っ!?」
収まりつつある土埃がカーテンのように開く。
エリクスの滑走路となる直線があらわとなる……がしかし、すでに大量の”先客”で埋め尽くされていた。
――先ほど退けたものと同じ姿の、戦闘用ロボット達だ。それも数十体は見える。
「少し厄介なことになったな。下層へ向かうぞ。」
土埃の中からミズチが帰ってくる。気のせいか、少し険しい表情だ。
「再起動したエレベーターを使おう!あいつらはこれで食い止める!」
エリクスはジェットエンジンを急停止すると、エナジードリンクを取り出し、入口のツタへ投げつけた。
容器が割れたところから、ツタが飛び出すように成長する。頑丈な施設を一気に埋め尽くすように床と壁を覆いつくす勢いで広がっていった。
「さぁ早く!!」
言われるがままに、2人と一緒にエレベーターへ滑り込む。
伸び続けるツタの間から銃撃が飛んでくるが、構っている暇はない。
幸いにもエレベーターは一番大きいエリクスが入り切れるサイズだった。
扉がゆっくり閉まっていく。
閉まり切るころには直前まで成長したツタが伸びてきていた。
エレベーターの中でようやく一息つくことができた。
ミズチはエナジードリンクを少し飲み、エリクスは建物の構造を再確認しながら、ボク達を載せたエレベーターは少しずつ下層へと近づいていた。
「危なかった……あんなに戦闘用ロボットが出る場所なんて見たことがないよ。」
「間違いなく正面からの突破は不可能に近かったな。中層はおろか、深層ですらあまり見ない数だ。」
《異常事態の鎮静化を確認。警戒レベル上昇を解除します。》
「あれ、赤い照明が消えた……?」
少しすると、機械音声で別の放送が流れてきた。
エレベーターが放送と同時に停止することは無く、ただ平和な時間の訪れを伝えるものだった。
「監視カメラは一応破壊したが、こんなに早く効果が出るとはな。この後はどこから脱出する予定なんだ。」
休憩ついでに今後の予定を2人が話す中、ボクは赤い照明がつく前に感じたものが気がかりで考え込んだ。
あの声の主や、あの時に感じた恐怖や焦り、そして“何か欠けているような感じ”……。
間違いなく今までの探索では感じなかった。
ボクの体に壊れたところがあるのだろうか、それとも何か足りないパーツがあるのだろうか、あとでエリクスに修理してもらわなきゃ……。
《地下1階です。》
エレベーターが止まった。
到着を知らせる鈴を鳴らしたような音と共に、機械音声で現在の階層が伝えられる。
扉が開くなり、蛍光色の光がボクの目に飛び込んだ。
「……ッ!?」
蛍光色の光に目が慣れると、強い寒気が背筋を登った。
ボクはそこで初めて、理解したくないものと出会ったと思った。

概要(短)
ソラニワに訪れる二日前、ルクスリアはいつものように仲間の機械竜と共に探索に出かけていた。
しかし、その途中で聞き覚えのある知らないはずの声が聞こえる。
そして探索も終盤に差し掛かった時、衝撃の光景を彼は目の当たりにする。
本文(激長)
視界が薄い青と白色を交互に入れ替わる。
いつもこの景色を見るときは座っている場所から身を乗り出し、地上から見えていたふわふわのお菓子のようなものを掴もうとして、空中に向かって手を伸ばす。
雲だ。
ボクたちが空を飛んでいる間、当然雲を地上の人たちにお土産に持って帰れたことは無かった。でも、それでも気分が沈んだことは無い。
そこにあるのに掴むことができない感覚、地上で見た時よりも遥かに大きな実体。
こうした摩訶不思議な出来事はこれから起こる”冒険”への期待を少しずつ高めていた。
夢中になって目の前の雲をつかみ続ける。これだけでも到着まで飽きることなく退屈をしのげそうだった。しかし目の前のことに夢中になったときは大抵――

ミズチ
「何をしている。身を乗り出しすぎるな。」
「何をしている。身を乗り出しすぎるな。」
いきなり首元から後ろ側に強く引っ張られる。予告もない結構な力は探検への興奮から引き戻されそうな勢いだ。
バランスを崩し、思わず後ろへと倒れこむ。
ミズチめ、相変わらずバカ力である。マフラーがちぎれたらどうしてくれるんだ。
「ぐえっ!?引っ張りすぎだよ!注意と実行に移すのを同時にしないでよ!」
「ここからは危険を察知してから一秒も余裕がない場面なんて山ほどあるからな。ワクワクするのは結構だが、油断は禁物だ。」
ボクがしかめっ面をしても相変わらず表情一つ変えずにミズチは応える。
ただでさえあんまり表情を変えないやつが、帯紐がついた笠で顔元を隠し、生き物からかけ離れた光沢をもつ体に、片刃の細い剣を携えて、変わらない声色で会話する。
ボク達で”機械のような”という言葉が一番似合うのは間違いなくこいつだ。
「ボクは初めてここに来たわけじゃないもん!前にここに来た時のこと、忘れたとは言わせないよ!」
今回の探索は初めてじゃなかった。
大分前に、初めて3人でここを訪れた時のこと。
この”草原”に眠る昔のひとたちの発明品や素材を使ってボクたちの体が修理されてると聞いて、ボクは探索しに行く2人に無理を言ってついていった。
ミズチ達はボクを守りながら探索する計画を立てていたらしく、常に2人ともボクの前に出て、敵を退ける姿勢にいた。
けど、守られるだけでは終われない。ボクは少しずつ出会った敵を観察し、遠隔ながらもボクの浮遊する剣で次第に2人に助太刀できるようになった。
探索の終わりごろには敵の性質も大体理解して、それから……。
「……盛り上がってるところ悪いが、お前は最後の方でエネルギーが切れたんだ。仕方なく俺達はお前を抱えて帰ることにしたこと、覚えていないのか。」
一番思い出したくない場面を思い出す直前にたたきつけられ、落差と少しの恥ずかしさで真っ赤になるぐらい顔が熱くなるのを感じた。
「こ、この~~!!」

エリクス
「ちょっと!私の背中の上ではしゃがないで!落ちたらどうするの!」
「ちょっと!私の背中の上ではしゃがないで!落ちたらどうするの!」
遅れてきた怒りと共にミズチにとびかかろうとしたとき、座っていたところから叱るような声が聞こえてきた。
「ミズチ!もっとトゲのない言葉を使わないと伝わるものも伝わらないでしょ!」
飛行中のエンジンの轟音に関係なく、聴きなじみのある怒号が直接耳に飛んでくる。
エリクスだ。ボクたちはこいつの背中に乗って、ある場所へと移動している。
頭から尾まで、ゆうに7mはある大きな竜のような体で、軽やかに空を飛ぶ。この世界で飛ぶことができるのは鳥ぐらいなものだから、エリクスの飛行能力の便利さには頭が上がらない。
「ん。そうだったか。少し柔らかめの言葉を使ったつもりなんだがな。」
ミズチが意外なところを指摘されたような口調で答える。意識せずとも切れ味抜群な事実を淡々と言ってくるのは彼の悪い癖だ。
「それから」とエリクスは同じ口調で続ける。今度はボクだ。
「ルクスリア!前行った時のことを覚えてるなら、どうして危ないことを繰り返すの?」
何も言い返せないような、ミズチとは別の方向性で言葉に詰まる指摘が飛んでくる。
「危ないことを繰り返すならミズチに引っ張られても文句は言えないよ。」
「…わかったよ。気を付けるから。」
いつもこの言葉しか返せないとき、ボクは自分の欠けたものが突きつけられるような気がして嫌な気持ちになる。
耳をふさいだり目をそらしたりすると余計説教が伸びるのを理解してからは、より嫌な気持ちが膨らむような気がした。
「もうそろそろか。見えてきたぞ。」
渡りに船のようなミズチの一言により、皆の意識が前に向いた。
――空に浮かぶ"草原"。
昔の住人が文明の力でたどり着き、空に街を築いて、今は無い卓越した技術で、
想像もできないような便利な生活をしていた空島。
住民はいなくなっても、住民たちの使っていた装置や技術は手つかずの状態で、
星の数ほど埋もれている…。
ボクがまさしく楽しみにしていたのは、ここの探索だ。
退屈な地上とは違って、目に映るもの全てが未知で、時に常識を超えるような派手なものや、ひとたび起動すれば星空を閉じ込めたかのような神秘的な光景を映し出す装置。
危険は多少あれど、それを追い越すほどの冒険のロマンがここにはあふれている。
ボクは来るたびにこの光景を目にしては、”草原”に眠るロマンに心を躍らせていた。
「今日の目的地は中層の南端にある旧研究施設。今までの島よりも一応深層になるから、油断しないように。それから誰かが動けなくなったら即時撤退のつもりでいるから、よろしくね。」
エリクスは進行方向の奥、霧に隠されかけた周囲より一回り大きい島を示しながら、ボク達に探索の作戦内容を伝える。
ボクたちはそれぞれ得意なことが違うから、探索でもそれぞれの役割を持つことになる。
エリクスは移動とみんなの指示と回復を、
ミズチは切り込みと突破を、
そしてボクは2人の援護をそれぞれ任されている。
今まで踏破してきた島も、この役割分担で特に苦戦せず攻略できていた。
「ふふん!中層でもなんでも、前みたいにやられる前にやればいいもんね!」
「…中層以降は、今まで退けてきたような家庭用ロボットだけじゃなく、武装した戦闘用警備ロボットが出てくる可能性もある。今まで通りいかない場面だってあるってことだ。」
作戦内容を流し聞きするなと言わんばかりに隣から声が聞こえる。
「戦闘用ロボット達は俺と構造が似ている。いつもの稽古で俺に勝てたことがないお前は猶更注意するべきだ。」
全く悪意のない事実にまた頭に血が上りそうになる。もっとマイルドに言ってほしい。
とはいえ、島の規模的にもこれまで行った場所とは格が違うことを目の前の景色が語っていた。一日では探索しきれないほどに広く、直径数百メートルはゆうにある研究施設が空島の地上と地下両方に根を張っているのだろう。
前にエリクスから聞いた話だと、”草原”は奥に行くほど住んでた人が多くなり、建物や大きな島も多くなるという。
「ミズチの言う通り、戦闘用ロボットは家庭用ロボットよりも動きが素早く、攻撃も強烈だからね。一体だけならルクスリアだけでなんとかできるかもしれないけど、無理しちゃダメだよ。」
エリクスとミズチは聞いたところによると、ボクがここに来る前は2人で中層以降を渡り歩いた時もあるという。
ボクは探索の腕に自信があるけど、それよりもこの2人はボクの実力を超えているのはこれまでの探索で明らかだった。
「周囲の環境は…うん、天候もよし。いくつか隣接した小島があるけど、目立った建物もない。」
エリクスは目的地に近づくと島の周りを一周し、島の構造や環境を最初に把握する。
研究室を構成する、環状に連なった棟や連絡塔らしき建物の窓を見ても、稼働しているロボットの数はそんなに多くなさそうだった。
「構造把握も完了。着陸に入るよ。ここからは慎重にね。」
エリクスは島の周りを2.5周ほどすると、翼のエンジン音を下げ始め、エントランスらしき場所へと航路を変えた。
「とうちゃーく!」
エリクスが着陸し、翼をたたんだことを確認するとボクは抑えてきれなかった興奮と共に島へ飛び下りる。
生き物がほとんどいない島はとても静かだ。まるで神聖な場所に踏み入ったみたいに、風が吹く音だけが聞こえる。
「ふむ。」
ミズチは腰の剣に手を当てながら建物やあたりを観察し、この一帯を経験則から分析し始めた。
建物はところどころ草に覆われており、窓ガラスは割れているが壁や柱への損傷は一般的な建造物と比べて軽微だ。研究施設にありがちな頑丈なつくりだ。ボクとミズチは窓から入れても、エリクスはエントランスからしか入れなさそうだ。
「動物どころか、歩き回ってるロボットすらいないぞ。」
「ここ周辺の空域は中層ということもあって、荒れることが多いからね。空島の嵐はロボットですらも飛ばす勢いだから、常時稼働していたロボットはもういないのかも。」
ボクたちが訪れる空域の天候は大切な探索の指標だ。いい天気、とエリクスが評した晴天の今でも、地上だと強風扱いされるぐらいの風速である。ボクたちが問題なく会話できるのは通信によるものが大きい。
また空島の天気は変わりやすい。天気が荒れそうなときは、しのげる場所を探すか、必死に帰るかの二択となる。
「早く中に入ろ!外には何も残ってないんでしょ?」
「あっ!こら!」
ボクはしびれを切らして、エントランスの動かなくなった自動ドアを勢いよく開ける。
鈍い音が施設の中を反響した。
瞬きする間にミズチがボクの前へ進み、施設の暗闇に向かって腰の剣を引き抜く体勢に入る。
「…。」
しかし、エントランスの奥からは反響した音以外が顔を出すことは無かった。
敵に気づかれてないのか、そもそも敵がいないのかはわからないけど、張り詰めた緊張感は会話できるほどまで少しずつ緩む。
「慎重にねって言ったの聞かなかったの!?ねぇ!?」
「ご、ごめん。つい心が先走っちゃって…」
周囲の安全を確認したエリクスが通信越しに荒い口調を飛ばしてくる。
後ろを見なくてもあいつのディスプレイに映った顔が怒っているのは容易に想像できた。
「だが、今ので何か装置が起動した気配も無い。思ったより警備が薄かったのか。」
ミズチは警戒しつつもエントランスの中へと足を進める。
施設の中は外と隔てられているのか、意外にも足の踏み場はあった。
外から侵入した蔦が足元を覆っている。
「あ!これはまだ使えそうかも!」
施設で昔使われていた遺物を見つけると、ボクは駆け寄って手に取り、お土産にするかどうかを決める。
大抵大きな音が出るものか、危険なものは雰囲気でわかるのでとりあえずスイッチを押してみた。
小さな起動音と共に、乳白色のドラゴンっぽい姿のものが立体的なホログラムで小さく映し出された。昔の子供たちが遊んでいたのだろうか。映し出す大きさも変えられるらしい。ドラゴンは時間と共に吠えたり、ブレスを吐いたりする。不思議な技術だ。
「何か見つけたか。ふむ。」
ミズチがボクの成果物に反応したのか、こちらにやってくる。
「まるでエリクスみたいな姿をしているな。戦闘に役立つかはわからないが、小さいから持っておくのも悪くない。」
「戦いに使えるか、じゃなくてこんな不思議な遺物があるなんて!って感動する場面なんだけど!」
探索の途中で拾ったものは持って帰る以外に、敵たちとの戦闘で使うこともある。
特にミズチは拾った武器をあたかも持ち主のように扱うことにかけては随一だ。その反面戦闘で使えないものに対する興味はだいぶ薄いけど。
「エントランスだけで結構遺物が残ってるね。敵もあんまりいないようだし、珍しく探索しやすい場所だね。」
「ああ。やけに静かだが、今のところ非戦闘用ロボットすらも見かけない。退路さえ押さえておけば問題ないと思う。」
探索を終えて集合し、ボクたちはそれぞれの集めた遺物と見たものを報告しあっていた。
一息ついてエリクスの用意したエナジードリンクを少しずつ飲み、この後に地下層の探索プランを話し合う時間だ。
「この後はどうするんだ。見たところ、下層へのエレベーターは一つしかないぞ。」
「最近は修理のための遺物の残りが少なくなってるから、もう少し探索を続けたいところだけど…」
この時間、ボクは主に休憩する時間になる。探索の方針は熟達したエリクスとミズチが決めることになっているからである。
もちろん下層も探索したい!というのがボクの意見だけど、言ったところであしらわれるのがオチだ。
今回の探索は大収穫とはいえど、スリルに満ちた普段の探索と比べても味気ない気がした。
なにか面白いこと、起こらないかな…
『そこにいるのは誰…?』
「えっ?」
どこからともなく聞こえてきた声に、あたりを見回す。
「ん?」「どうしたんだ。」
しかし、近くにはエリクスとミズチしかいない。声の元を探ろうとしても、声の方向は全く分からなかった。
『寂しい…とても寂しかったんだ…。』
まただ。
知らないはずなのに、聴きなじみのある声。これは音ではなく、通信のような何かで伝わってきている。
エリクスとミズチは気づいてないんだろうか。2人はボクの顔を見るだけで、とくに反応はしていなかった。
『キミが誰かはわからないけど、話せてうれしいよ。』
三つ目の言葉から、ボクは得体の知れない恐怖と焦燥を感じ始めた。
心が音叉のように震えている。エリクスに叱られたときのような、逃れられない感覚?
いや、同じだけど違う。これは…
『もっと近くで話したいな。ボクの近くにおいで。』
《警告 警戒レベル上昇 これより非常事態プロトコルを発動します》
「急に装置が作動したぞ。どうする。」
「周囲を警戒して!全員離れないで!」
けたたましいアラートが施設全域に鳴り響き、ついていなかったはずの証明は真っ赤に点灯する。
放送が繰り返すたびに、緊張感は頂点へと近づいて行った。
エリクスとミズチが互いの方向を警戒するようにボクの近くへ固まる。
「一体どういうこと……」
空調設備の作動音、止まっていたエレベーターの再起動する音、様々な音が混ざり合って耳に飛び込んでくる。だけど、一番注意するべき音は特徴的だ。
施設の中から聞こえてくる足音。冷たい無機質な床と無機物が小刻みにぶつかり合う硬い音だ。
「伏せて!」
突然何か黒い球体のようなものが目の前へ投げ込まれたかと思うと、エリクスの方へ強く引っ張られるのを感じた。
球体は閃光と共に炸裂し、想像を絶する轟音を発する。
目を閉じた後に爆風が頬を掠める。次に目を開けた時、エリクスが淡い水色に発光するバリアでボク達を守っていたことを理解した。
間髪入れずに不自然な風が横を通り過ぎた。敵は素早くエリクスの死角へ回り込もうとしている。
「ふん。」
敵の凶刃と見覚えのある剣が火花を散らし、鋭い音を鳴らす。
ミズチの剣だ。
「随分なご挨拶だな。」
火花が消えるまでの短い迫り合いの後、不意に力をこめて相手の剣を外側へ弾く。
しかし、敵は体幹を崩すことなく、弾かれた剣をそのまま後方へ引かせると、ミズチの胸元に向かって鋭く突きを繰り出した。
ミズチは予測していたかのように素早く姿勢を低くし、突きをかわす。
そして瞬時に剣を持ち直し、青白い弧を描いて敵の武器を持っている腕パーツごと斬り上げた。
ボクは恐怖と焦燥がいつの間にか消えていることを確認すると、追撃の機会を逃すまいと腰の短剣を抜き、浮遊パーツを起動した。
敵側は流石に近接戦だと分が悪いと感じたのか、敵はエントランスの入口の方へと距離をとり、体勢を立て直す。
「…どうやら相手は俺と同じ型番のようだ。気を付けた方がいい。」
敵がボク達の間合いの外に着地すると同時に、ミズチも元の姿勢へと戻る。
よく見ると笠の後ろが深く欠けている。先ほどの突きのせいだろうか。
「これからブレスのチャージを開始する。君達はあのロボットを出口まで引き寄せて!」
すぐ後ろにいるエリクスから通信で作戦が伝わる。どうやらエリクスのブレスで島の外まで吹っ飛ばす作戦のようだ。
「わかった!」
「わかった。」
ミズチが駆け出したのを見ると、短剣で指示を出し浮遊する剣を弧を描くように飛ばす。
敵はエリクスを警戒したのか、再び複数の小型爆弾を投げてくる。しかし外の光で今度は丸見えだ。同じ手はくらわない。
「えぇい!」
短剣で空中に×印を描く。すると浮遊する剣は軌道を変え、飛んできた小型爆弾を四方へと弾き飛ばした。
爆弾は敵の足元で炸裂し、爆風と煙が敵を包む。ミズチは剣を横に構えるとそのまま煙の中へと追撃に入った。
ミズチの足音が止まったと同時に、鈍く大きな音がする。
そして、煙の中からこちら側へ黒色の体が宙を舞って飛んでくるのが見えた。
「今だ。」
合図の通信と同時に、エリクスが温めていた喉からブレスを発射する。
気づかれたのか防御の姿勢を取り始めるも、踏ん張ることはできない。
「はっ!」
エネルギーの塊が敵の体を巻き込み、そのままエントランスの外に飛び出す。
そして石畳に触れた瞬間、閃光と共に水色の爆発を引き起こした。
強い風と土埃がエントランスの奥まで押し寄せる。
これだけの威力と、少したっても聞こえない硬い音。
作戦はうまくいったようだ。
「一刻も早くここを脱出しよう!まだ敵がいるかもしれない!」
湧き上がる達成感の前に、冷静な指示が飛んできた。
ブレスでくすぶる口を押えながらエリクスは翼のジェットエンジンを起動する。
「ミズチ!ルクスリア!私の背中に……っ!?」
収まりつつある土埃がカーテンのように開く。
エリクスの滑走路となる直線があらわとなる……がしかし、すでに大量の”先客”で埋め尽くされていた。
――先ほど退けたものと同じ姿の、戦闘用ロボット達だ。それも数十体は見える。
「少し厄介なことになったな。下層へ向かうぞ。」
土埃の中からミズチが帰ってくる。気のせいか、少し険しい表情だ。
「再起動したエレベーターを使おう!あいつらはこれで食い止める!」
エリクスはジェットエンジンを急停止すると、エナジードリンクを取り出し、入口のツタへ投げつけた。
容器が割れたところから、ツタが飛び出すように成長する。頑丈な施設を一気に埋め尽くすように床と壁を覆いつくす勢いで広がっていった。
「さぁ早く!!」
言われるがままに、2人と一緒にエレベーターへ滑り込む。
伸び続けるツタの間から銃撃が飛んでくるが、構っている暇はない。
幸いにもエレベーターは一番大きいエリクスが入り切れるサイズだった。
扉がゆっくり閉まっていく。
閉まり切るころには直前まで成長したツタが伸びてきていた。
エレベーターの中でようやく一息つくことができた。
ミズチはエナジードリンクを少し飲み、エリクスは建物の構造を再確認しながら、ボク達を載せたエレベーターは少しずつ下層へと近づいていた。
「危なかった……あんなに戦闘用ロボットが出る場所なんて見たことがないよ。」
「間違いなく正面からの突破は不可能に近かったな。中層はおろか、深層ですらあまり見ない数だ。」
《異常事態の鎮静化を確認。警戒レベル上昇を解除します。》
「あれ、赤い照明が消えた……?」
少しすると、機械音声で別の放送が流れてきた。
エレベーターが放送と同時に停止することは無く、ただ平和な時間の訪れを伝えるものだった。
「監視カメラは一応破壊したが、こんなに早く効果が出るとはな。この後はどこから脱出する予定なんだ。」
休憩ついでに今後の予定を2人が話す中、ボクは赤い照明がつく前に感じたものが気がかりで考え込んだ。
あの声の主や、あの時に感じた恐怖や焦り、そして“何か欠けているような感じ”……。
間違いなく今までの探索では感じなかった。
ボクの体に壊れたところがあるのだろうか、それとも何か足りないパーツがあるのだろうか、あとでエリクスに修理してもらわなきゃ……。
《地下1階です。》
エレベーターが止まった。
到着を知らせる鈴を鳴らしたような音と共に、機械音声で現在の階層が伝えられる。
扉が開くなり、蛍光色の光がボクの目に飛び込んだ。
「……ッ!?」
蛍光色の光に目が慣れると、強い寒気が背筋を登った。
ボクはそこで初めて、理解したくないものと出会ったと思った。
