Eno.458 リシェル・ヴァイスハウプト  迎え - はじまりの場所

帝国暦526年5月7日。
私がこの島に来てから約九か月が経過した。

同じ時期にストロールグリーン島を訪れた多くの旅人たちは、すでにこの島を去っている。
花を育て、魔物と戦い、誰かと語らい、やがて自分のいるべき場所へ帰っていった。

しかし……私は、まだここにいる。

リシェル
「皮肉なものだ。
 島の地図と花図鑑を完成させたものの、
 それを報告する術がない」

任務として見れば、もう十分に帰還報告へ移っていい段階だろう。
問題は帰る術がないこと。

島に来てから、ある程度の魔法は自由に扱えるようになった。
戦闘、探索、玩具の扱い。最初の頃と比べれば随分と慣れた。
だが、次元渡りや長距離転移の術式となると話は別だ。
理論の輪郭をなぞることはできても、実行できる力はない。

‌リシェル
「ふぅ」

深呼吸。
思いきり息を吐き、気持ちを切り替える。

幸い、この島でも仕事はある。
帝国で過ごしていた頃のように、論文や実験記録と向き合う仕事はないが、衣食住は揃っている。
生きていくだけなら、困りはしない。

リシェル
「さて、
 今日はひだまりの高原にでも行って……」

そんなことを考えながら、宿の自室のドアに手をかける。

その瞬間。

ドアの向こう側から、誰かが廊下を走ってくる音が聞こえた。
それもこちらへ。慌ただしい足音と迷いのない速度で。

リシェル
「……ん?」

身構えるより早く、勢いよくドアが開いた。
リシェル
「っ、痛……!」

額に鈍い衝撃。
思わず蹲ろうとした、その瞬間だった。

ライゼ
「お姉さま~!」

聞き覚えのある声。
胸元へ飛び込んでくる柔らかな重み。遠慮のない抱きつき方。

リシェル
「……ライゼ?」

ライゼ
「はい!
 お姉さま、お迎えに参りました~!」

リシェル
「ぅ、ぁ……」

そこから先のことは、あまり覚えていない。

いや、正確には覚えている。
覚えてはいるが、手記には書きたくない。

私は声をあげて泣いた。
年甲斐もなく、みっともなく。呼吸が乱れるほど泣いた。

妹の服の胸元を、涙と鼻水でぐしゃぐしゃにした。
それでも彼女は困ったように笑いながら、何度も私の背中を撫でてくれた。


聞くと、向こうは向こうで大変だったらしい。

私との唯一の連絡手段だった無線機が通じず、
本国側も通信途絶を異常と判断し、迎えの部隊を二度送り出したという。

だが、第一陣は島へ辿り着けなかった。
航路上に島があるはずなのに、
何度接近しても海と空のあいだをただ延々と旋回させられるばかりだった……とか。

第二陣からはライゼも加わり、こんな仮説を立てたらしい。

ライゼ
「もしかして、
 招待状がないと島そのものに辿り着けないのでは?」

その仮説を立ててからが、また一苦労だったという。
地震後の混乱で、ライゼ宛てに届いていたはずの招待状は行方不明。
自室、研究所、保管庫etc...
それらをひっくり返すように探し回り、ようやく見つけ出したのだとか。

……まったく、うちの妹は大したものだ。

これで、帰れる。

島の地図と環境データ、採取した植物を抱えて。
少しだけ情けない再会の記憶は……できれば誰にも話さないまま。









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