Eno.442 巫伽 惺  幸福な記憶こそが最大の呪縛であるならば - はじまりの場所

 幸福は容易く殺される

 大事にしてたぬいぐるみを切り刻まれるように
 焼きたてのパンを泥道に落とされるように
 書き記した星図を炎に焼べられるように

 やってしまえば簡単で
 全て無意味だったと嘲笑うようで

 そうして、いつからか続く事すら怖くなる
 自らのようやく得た幸せを殺されぬよう、自分の手で終わらそうとしている

 それが、新月ニイヅキと言う人なのだろう


 終わらせるために、何ができるだろうか?
 私の新月としての力はもう殆ど残っていないのに

 ……あれ、そういえば、あの力どこ行ったんだ?

 赫くて絶対的な力だった
 コレに縋れば運命すら殺せると確信していた
 それでも、新月は運命に勝てなかった

 運命に傷跡すら残せなかった

 でもあの力は強大だったはずだ
 新月ですら蝕まれ苛まれていた力
 その欠片すら今は何処にも無い

 あいつは何処にいるんだ?

 あいつを見つけられたら、鈴を守れるようになれるはずだ
 違う。私はあの物騙りを終わらせるんだ
 物騙りを終わらせる事、それが新月に託された願いならば
 【願いの魔女】の半身たる私は受け入れなければならないんだ

 探そう。赫き光を──ツルバミの根源を

 こいつを見つけて力を取り戻せば、何もかも終わりだ
 これで鈴と幸せになれる。幸せになって、それから……

 それからなんて無い
 ただ、めでたしめでたしな終幕エピローグを繰り返すだけ
 それはとても素晴らしい事で、最も得難い幸福なのだ

 新月はそう言ってた
 新月はそうしたかったと泣いていた
 新月はそうあってほしかったと苦しんでいた

 幸福な記憶なんて、腐ってしまえば呪詛に過ぎないんだ

 きっとコレを断ち切るには、見つけるしかないのだろう
 見つけて、取り込んで、終わらせて

 それからなんてありもしないのに
 新月の願いを叶えた後の事ばかりが脳裏に過ぎる

 新月の願いを叶えたとして、惺がわたしになれる事は無い
 これからも新月の亡霊で居続けるべきだと、わかりきってる

 私は新月の成せなかった幸福を新月に届けるだけの
 ただそれだけの存在でしかない
 鈴も新月と一緒にいられた方が幸せに決まってる
 そこにわたしの想いなんていらない

 あぁ、そうか
 ツルバミの力を取り戻した時に、きっと私の自我は消えてしまう
 なんて素晴らしい事なのだろう
 鈴の幸福は誰にも邪魔されず、永遠に幸せに生きてくれる

 そうだ。一刻も早く根源の光ツルバミを探そう
 鈴の幸福のために、新月の願いのために

 わたしぼくからいなくなるために








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