Eno.733 木早 永心 この地での記録14 - はじまりの場所
己を最強だと思ったことなど一度も無かった。
しかし、それでも己の強さを疑ったこともまた無かった。
その自信が瞬く間に崩れてゆくのが分かる。
死神と呼ばれた男の太刀は常軌を逸した速度で重ねられた。
余りにも速いその太刀筋はただ防ぐのが精一杯…。
まともに打ち合えばその先に有るのは確実なる敗北、そして死という結末だ。
己に出来たことはただ刀を構えたまま後退し、相手の太刀を弾き、避けることだけであった。
まさか己が剣の闘いでこの様な状況に追い込まれるなど予想だにしなかった。
剣士の端くれとして強者と闘い、その果てに死すとも…それは雄々しく剣士らしく打ち合ってのものだと、そう思っていたのだ。
だが、現実はどうだ。
己はただ死を先延ばしにする為に浅ましく、相手から距離を取り続けていた。
…
……
………
「貴様…!」
笑みを浮かべていた死神の表情が次第に怒りを帯びたものへと変わっていった。
死神の凄まじい剣の圧力に負けた己はただ後退を繰り返す。
その姿は正に敗者の、弱者の姿勢だ。
だが、それでも死神の刀は己の命には届いていない。
もし、これがどこかの道場で行われた試合であるならば、己は既に下がるべき場所を失い、壁を背にして死を待つ身であっただろう。
もし、これが己でなければ後退をし続けたところで、すぐに背後を見失い追い詰められてしまっていたであろう。
だが、己は背後を確認せずとも後退できる術を身に付けていた。
故に只管に後退をすることが出来た。
「フッフフ…。」
気付かぬ内に己の口から笑いが零れていた。
剣士というものは己の刀が届く距離にまでしか攻撃は届かぬ。
その当たり前の事実と、己がこれまで磨き続けてきた心眼の修行が今、己の命を繫ぎ留めている。
この状況が酷くおかしく感じる。
「こんな闘い方が有ったのだな…。」
この闘い方は強者の闘い方ではない。
敗者の、弱者の闘い方だ。
そう自嘲しながらも、死を前にして己の今まで磨き上げてきた技術が思いも拠らぬ形で結実したこの状況に笑いが止まらなかった。
「…その奇妙な闘い方…全く苛立たしィ!」
死神が歩みを止め刀を構え直す。
己もまた後退を止め刀を構え直した。
「その点は申し訳ない。
お主の余りの強さに…これしか打つ手が無いのだ。」
「…名を聴いておこう。次で終わりにするからナ。」
「木早 永心。名高き死神殿に名を聴かれるとは光栄だ。」
「オレは沙羅 正斎(さら しょうさい)…行くゼ。」
死神が突きの構えで突進して来る。
剣士同士の闘いには"理"が存在する。
その理から外れた時、如何に剣の腕前で上回っていようと、自身が敗れるかもしれないという危険が有る。
それを承知で死神は間合いを詰めて来たのだ。
………
……
…
死神の鋭い突きが己の右腹を深く抉った
「ぐぁ…っ!!」
衝撃と痛みで思わず膝をつく。しかし、支えきれずにすぐにそのまま地面に倒れ込んでしまった。
今までに負った傷の如何なるものとも異なる、正真正銘の致命傷というやつだろう。
視界も霞み始めた。
「……。」
霞む視界で死神の左腕が流血、切断されていることに気付く。
どうやら交差の瞬間に己が振り下ろした刀は死神に手傷を負わせていた様だ。
痛み分けという訳では無い。
明らかに敗北したのは己だ、それでも一矢報いたと誇るべきなのだろうか?
混濁する意識と霞む視界の中で、死神が刀を振り翳すのが見えた。
もはや身体に力は入らない。
これが、己の最期か。
「……。」
覚悟したものの混濁した意識と視界は中々途切れなかった。
ただ暗い視野の中で何かが動き、何かを喋っている。
そして…次に己が知覚したのは聞き覚えのある男の声だった。
「妙な縁は有るもの、と申しましたが…まさしく。
黄泉へと旅立たれる前にお聞きしますが、エイシン殿は未練をお持ちですかな?」
しかし、それでも己の強さを疑ったこともまた無かった。
その自信が瞬く間に崩れてゆくのが分かる。
死神と呼ばれた男の太刀は常軌を逸した速度で重ねられた。
余りにも速いその太刀筋はただ防ぐのが精一杯…。
まともに打ち合えばその先に有るのは確実なる敗北、そして死という結末だ。
己に出来たことはただ刀を構えたまま後退し、相手の太刀を弾き、避けることだけであった。
まさか己が剣の闘いでこの様な状況に追い込まれるなど予想だにしなかった。
剣士の端くれとして強者と闘い、その果てに死すとも…それは雄々しく剣士らしく打ち合ってのものだと、そう思っていたのだ。
だが、現実はどうだ。
己はただ死を先延ばしにする為に浅ましく、相手から距離を取り続けていた。
…
……
………
「貴様…!」
笑みを浮かべていた死神の表情が次第に怒りを帯びたものへと変わっていった。
死神の凄まじい剣の圧力に負けた己はただ後退を繰り返す。
その姿は正に敗者の、弱者の姿勢だ。
だが、それでも死神の刀は己の命には届いていない。
もし、これがどこかの道場で行われた試合であるならば、己は既に下がるべき場所を失い、壁を背にして死を待つ身であっただろう。
もし、これが己でなければ後退をし続けたところで、すぐに背後を見失い追い詰められてしまっていたであろう。
だが、己は背後を確認せずとも後退できる術を身に付けていた。
故に只管に後退をすることが出来た。
「フッフフ…。」
気付かぬ内に己の口から笑いが零れていた。
剣士というものは己の刀が届く距離にまでしか攻撃は届かぬ。
その当たり前の事実と、己がこれまで磨き続けてきた心眼の修行が今、己の命を繫ぎ留めている。
この状況が酷くおかしく感じる。
「こんな闘い方が有ったのだな…。」
この闘い方は強者の闘い方ではない。
敗者の、弱者の闘い方だ。
そう自嘲しながらも、死を前にして己の今まで磨き上げてきた技術が思いも拠らぬ形で結実したこの状況に笑いが止まらなかった。
「…その奇妙な闘い方…全く苛立たしィ!」
死神が歩みを止め刀を構え直す。
己もまた後退を止め刀を構え直した。
「その点は申し訳ない。
お主の余りの強さに…これしか打つ手が無いのだ。」
「…名を聴いておこう。次で終わりにするからナ。」
「木早 永心。名高き死神殿に名を聴かれるとは光栄だ。」
「オレは沙羅 正斎(さら しょうさい)…行くゼ。」
死神が突きの構えで突進して来る。
剣士同士の闘いには"理"が存在する。
その理から外れた時、如何に剣の腕前で上回っていようと、自身が敗れるかもしれないという危険が有る。
それを承知で死神は間合いを詰めて来たのだ。
………
……
…
死神の鋭い突きが己の右腹を深く抉った
「ぐぁ…っ!!」
衝撃と痛みで思わず膝をつく。しかし、支えきれずにすぐにそのまま地面に倒れ込んでしまった。
今までに負った傷の如何なるものとも異なる、正真正銘の致命傷というやつだろう。
視界も霞み始めた。
「……。」
霞む視界で死神の左腕が流血、切断されていることに気付く。
どうやら交差の瞬間に己が振り下ろした刀は死神に手傷を負わせていた様だ。
痛み分けという訳では無い。
明らかに敗北したのは己だ、それでも一矢報いたと誇るべきなのだろうか?
混濁する意識と霞む視界の中で、死神が刀を振り翳すのが見えた。
もはや身体に力は入らない。
これが、己の最期か。
「……。」
覚悟したものの混濁した意識と視界は中々途切れなかった。
ただ暗い視野の中で何かが動き、何かを喋っている。
そして…次に己が知覚したのは聞き覚えのある男の声だった。
「妙な縁は有るもの、と申しましたが…まさしく。
黄泉へと旅立たれる前にお聞きしますが、エイシン殿は未練をお持ちですかな?」