Eno.619 《花石細工師》アラリック  石の記憶 〜肉体が石になる病~ - はじまりの場所

備忘録として書き記す。あの欠けた御守りが見せてくれた、記憶を。




 横たわる『彼』を前に、その『男』は慟哭した。

 底冷えする家屋は、長らく人の営みがなかったとわかるほどに、埃が溜まりどことなく死の匂いがする。
 そんな部屋の中に悲しいほど調和している掛布一つない襤褸の寝台に、彼はいた。
 最後に感じたときと外見に然程変わりがないのは人間だからか。それとも、病だからか。
 久々に感じる彼は、我らと近い存在になっていた。
 寝台に微動だにせずに横たわっているのを感じる。人としての呼吸は極めて少ない。苦悶もない。

 ――生きていると言われれば生きているだろうが、望んだ姿ではない。

 男はすぐさま家の中にある酒を探し出した。
 彼がたまに飲んでいたのか、いくつかある酒瓶の中からかなり酒精の強いものを選ぶと、男は彼の元へ急いだ。

 身体を無理矢理起こし、漏斗を持ってその酒を彼の口に注ぎ込む。
 酒が彼の口から体内へただ垂れ流れる。嚥下とは言わないだろう。
 それを何度も繰り返していくと、ようやく彼の意識が戻った。

「…………ァ……ち、ゃ……」
「……だから、あれほど、悪い大人に騙されている子供だと……いや……私がついていなかったから……私が……傍にいたら……君が子供なことは、知っていたのに……」

 この男の後悔の念が嫌と言うほど伝わる。しかし、なんと虚しいことか。
 それよりも石に蝕まれている彼の方が気になった。

 男は彼の口に酒を注ぎ続けた。次第に彼が苦しむようになっても、泣きながら無理矢理流し込み続けた。

「花石細工師として……生きていくには……臓腑を酒で焼き続けるしかない……飲んでくれ……すまない……すまない……」
 男の懺悔が寒々しい部屋で零れていった。

 我も必死に声をかける。

 ――どうか、臓腑を、酒で焼き続けて欲しい。あなたは我等と違うから、良いのだ。





アラリック
「……マイトの話しでは、私を見て嘆き悲しんでいるのが、私の兄……」


 この石の記憶を見る限り、私は兄の言うことを聞かなかったのだろう。
思慮が足らず、言うことも聞かず、悪い人に騙された。その結果、この病に陥った。
 私の身を案じて泣いてくれた兄は、もういないそうだ。それは私の中で眠っている記憶にも記されていたこと。

 未だ、実感のない、記録と記憶――。








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