Eno.474 ライシュ  AR10A3: いろどりと山小屋 - はじまりの場所

この島での暮らしが長くなりすぎたかも知れない。
目的もなく山道を歩いたり、星を見たり、花の色を数えたり、花の玩具で羊と遊んだり、
いつの間にかそんなことをしている。
意味のない行為だ。意味がないのに、どこかほっとする。懐かしいような気さえする。

 
最近、もう一つ意味のないことをした。
自分の場所を作るということ。

川べりに誰も使っていない小屋があって、気持ちが動いた。



 
そこには秋がまだ来ていなかった。
木の葉も草もせせらぎと同じような緑色で、陽射しだけが金色だった。古い、乾いた木の匂いがした。

例のアンドロイドがポーチの落ち葉を掃いていた。曰く、以前は老人が一人この小屋で過ごしていたと言う。
観光しに来た奴か何なのか、よくわからない。俺も詳しくは聞かなかった。

この小屋をきれいなままにしておいているとハナコは言った。何だか自慢げだった。
荷物をほどく場所が必要な誰かが、いつかやって来るかもしれないからと。

ハナコが少しだけ老人の話をした。

ハナコ
「この高さだと、季節の音が違うって、
 そんなことを言ってたのです」


ハナコ
「〝春はとけた雪の落ちる音、夏は、ゆっくり動く入道雲のため息、
 秋は、小枝のすきまを飛ぶ風の口笛〟、
 冬は──」


冬は?

ハナコ
「……。わかりません」




ハナコ
「この場所が気に入りましたか? ここにフラワータワーを作ったりもできますよ!」


招待客には、フラワータワーというものを建てて、この島のほぼどこにでも居場所を確保できる制度があるらしい。
全てが人の善意で回っているような島だ。


小屋の中に入って、窓の前に立つと、いろどりの山からの景色が見下ろせた。
おだやかな草原、雲海の緩やかな潮汐。
埃を被ったロフト、燃えかすと灰の残ったストーブ、……
都合のよすぎる白昼夢はいつ醒めるのだろうか、という、奇妙に浮遊した感覚。

振り向くとアンドロイドはいなくなっていた。連中は宙に浮かんでいて足音がない。


 

結局──ハナコが使われていない小屋を掃除していたのは、意味のないことではなかった。多分。
俺は一度その場所を離れて、また戻って来て、デイスの花を植えて、終いにその小屋に荷を下ろした。
人からの貰い物がいろいろあったし、賑やかなエリアの宿は肌に合わなかった。水辺で珈琲でも飲みたい気分だった。

ようするに、その場所が気に入ったのだ。そういうことらしい。








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