Eno.77 アイス屋さん  《 Icy 》 - はじまりの場所



 アイスは生活に不必要なものだ。

 無くたって人は生きていけるし、
 食べたところで栄養にだってならない。

 知らなくたって、十分生きていける。


 じゃあ、アイスはいらないものなのか?
 いいや。必ずしも、そうとは言えない。


 アイスを掬う、その小さなひとさじ。

 そのひとさじが小さな幸せを生むことがある。
 ただの日常の、少しの楽しみになる。
 かけがえのない時間の片隅に寄り添うものになる。
 
 ひとりでも、誰かとでも。
 アイスは人を選ばない。
 冷たいはずなのに、暮らしに温みを生むもの。


 アイスは、生活に不必要なものだ。
 けれど、あったら嬉しい。




「やあ。」



 だから、アイス屋は配り歩く。
 小さな幸せの種を撒いている。




「今日はどんな味にする?」



「君の好きな味にしよう。」



 おいしかったなって、ふと思い出す。
 そのくらいの、小さな幸せ。




「はい、どうぞ。」





「お腹を冷やさないようにね。」



 自分がいつか消えるまでに、
 一体いくつの幸せを配れるだろうか。


 








<< 戻る