Eno.377 サンタの魔女  失われた記憶(test) - はじまりの場所

 これは『サンタの魔女』がこの箱庭で目覚めて以後、
失われていた記憶の断片。

ノエル
「これで……
あたしたちの研究も一歩前進ね!」


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魔女1
「ああ、この石に病魔ドナの力を封じ込められる。
元の人間に戻すという最終目標には近づいたといえるか……」


image>ハイヒール.jpg<[2]

議長
「まだ……そんな無意味な研究をしていたのか、お前たち」

ノエル
「! 議長さま……」

議長
「我々の使命は病魔ドナの掃討。
そして旅人人間現実世界ソーリディアに還すことにある。と、何度言えば……」

議長
「お前たちだけだ、使命を放棄して病魔ドナの救済を掲げている穀潰しは」

ノエル
「けれど……
この終わりなき戦いはあまりに不毛よ。」

ノエル
「不可能だと断じるのは簡単だわ。
でもその先を切り拓いてきたのは
あなたがた、最上位ピンクダイヤ級の魔女だったはず」

ノエル
「あたしたちは偉大なあなた方に続きたいの。
それに、やっと研究も新たな段階へ……」

議長
「御託はいい。お前たちが
遊興に耽っている間にも、他の魔女たちは死線に晒されている……」

議長
「さっさとその玩具を片付けろ。
お前たちの仲間を想う心が本物なら、
魔法の出力を上げる訓練にでも
1秒すら惜しみ費やすのだ」

議長
「少なくとも……我々ピンクダイヤ級はそうしてきたぞ」

ノエル
「…………」


 この世界は現実世界ソーリディアの鏡写しにして表裏一体の夢世界ソムニア
生きながらにして眠りから目覚めることのできなくなった人間が迷い込む
世界であり、彼らが病魔ドナと呼ばれる異形に糧として狙われ続ける餌箱。
 一度この世界で命を落とせば現実世界ソーリディアで目覚めることは永劫叶わない。そして
喰らわれる人間が増え続ければ現実世界ソーリディアとの均衡が崩れ、星自体が夢のように
消失してしまうのだ。
 その事態を防ぎ病魔ドナを殺し続けるよう定められた
存在、それが──

魔女1
我々魔女の使命、か……」


 仲間の一人が肩を落として呟いた。
 場面は変わって、説教を受けた翌日。肩を並べて歩く同胞の呟きに
ノエルは努めて明るい声で元気づける。

ノエル
「こんなことはいつものことよ!
あたしたちの昨日の成果を公的な集会で
しっかりと説明すれば、議長様も、連なるピンクダイヤ級の方々──
議長連も、きっとお認めくださるわ!」

魔女1
「そうだろうか……私には最近、議長連の思惑が……」

人間
「た、助けてぇっ!」

ノエル
「!!」


 仲間が続く言葉を言い終わる前に響き渡った甲高い悲鳴。

 二人が駆けつけた先には人間旅人の子ども、それを取り囲む夥しい病魔ドナ。自分たち
二人では到底太刀打ちできないと本能的に理解できてしまう個体数、
そして一体一体の体躯から放たれる異質な瘴気。
 それでも守るべき存在を前にノエルが竦んでいたのは数秒だった。
鉈鋸なたのこを引き抜き、病魔ドナの群と子どもの間に割入って対峙。

ノエル
「あ……あなたはこの子を連れて本部まで逃げて!
そして応援を呼んできて!せめて3分、
いえ10分は、あたしが……!!」


 状況を見て即座の決死の覚悟。己より何倍も大きな体躯の病魔ドナらは、自分と同じルビー級の魔女が
数人がかりの
連携で斃すもの。それですら1体単位で漸くといった話だ。
 それらが視界全体を覆うばかりに犇き、何対もの瞳がこちらを見下ろしている。
魔女も彼らにとっては玩具か餌。ノエル一人屠ることなど赤子の手を捻るようなもの。
 恐怖、緊張が嵐のようにノエルの脳内を覆い尽くす中で一抹の疑念があった。
これほど魔女の本部に近い場所で、何故誰も気づかずこの病魔ドナの行軍を
許してしまったのか?その思考がなにがしかの推論を手繰り寄せる前に、振り上げられたのは死の具現の凶腕。



.


.


.



魔女2
「ノエル!まだ生きてっか!?」

ノエル
「…………!みん、な……」


 数分後。最早服の色か血の色かもわからぬほど赤く染まった死に体のノエル。
それを助けるために仲間達が参じていた。

 ノエルの左足首を掴んでいた病魔ドナの腕を切り落とした仲間の彼女は、力強く呼びかけた。

魔女2
「議長がこの場の状況に気がついて、
私らを派遣してきたってわけよ!」

魔女1
「しっかり!
続いて応援を呼んでくれるって仰っていたからな!」

ノエル
「…………(この、顔ぶれは……)」


 仲間の治癒を受けてぎりぎり意識を保つノエルは、参じた仲間達の姿を腫れた
瞼の隙間から確認した。先ほど少年を逃がさせた彼女に加え、その誰もが──
全員が、自分と同じ研究のメンバーだった
 それが意味するところを理解しえないままノエルは意識を手放した。


.


.


.



議長
「──貴様は、この夢世界ソムニア開闢以来、指折りの大罪を犯した」

議長
病魔ドナの勢力と通じるのみならず……あろうことか、
我らが庇護すべき人間旅人を囮に使い……」

議長
「本部の近辺まで誘導し、
治安を揺るがした……」

ノエル
「どうして……」

議長
「──圧倒的に力量差のある研究仲間たちを引き合わせ、
救援を呼びに行くと嘘をついて抜け出した。信じて残った者らを虐殺させて」

ノエル
「うそよ……」

議長
「自らの研究に懐疑的な我々議長連の仕業であるように見せかけ、
それこそ貴石の如き我ら陣営の結束に罅を入れた」

議長
「隙を生み……彼奴ら病魔ドナらの本命、第二次襲撃を呼び込んだ!」

ノエル
「しらない……」

議長
「しかし、この日をもって我々は新たに結束を敷くことができよう……」

議長
「『サンタの魔女』ノエル── 夢世界ソムニアの破滅の使者、
病魔ドナ本部襲来の元凶、哀れなる数多同胞のかたき……」

議長
「 ──その、呪われた首をもってな!」

聴衆
「議長様!議長連、万歳!」


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ノエル
ちがうわ!!


(あたし、あたしは……、あたしたちは、病魔ドナも魔女も人間旅人も……みんなが仲良くクリスマスができる、世界を……!!)

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.


.



病魔1
「──要は、本気で俺たちを人間に戻されたら困ンだろ。
魔女の権威がなくなるからな、特にその議長連とやらにとってはよ」

病魔2
「向こうから話ィ持ちかけてきよった時は驚いたわ。
自分ら囲い込んで、キミ以外を殺せいうて」

病魔2
「したら生き残ったキミ吊し上げて見せしめにし、
議長連に叛意を持つ他の魔女らをビビらして
考えを改めさせる」

病魔2
「エグいこと考えよるわ、議長サン。
思いついてもそうできんて。俺らより凶悪ちゃうん?」

病魔2
「いや吊し上げちゃうかった、ギロチンで首切られよったんや。
何世紀前の現実世界ソーリディアの女王やねん、ハハ」

病魔1
「そんなことになる前に……ヒヒッ、少し考えりゃ、
自分らの立場がかなりヤベー事になってんなァわかったんじゃねえのか?
お前自身はわかってなくても、そのダチの誰かはな」

病魔1
「だがお前は耳を貸さなかった。
いくらなんでも魔女の同胞がこんな裏切りをするなんて、
露ほどにも疑わなかった。お前が死に追いやったもんかもな、
ダチもお前自身も、それ以外の魔女どももよう」


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 ノエルが目を覚ましたそこは見慣れない部屋の中。首を断たれて死んだはずの己が
五体満足で横たわり、下卑た笑みの病魔達が見下ろしながら好き勝手に喋っている。
  『サンタの魔女』は確かに死んだ。権威ある魔女たちの謀略によって仲間もろとも
その命を散らした。しかしその遺骸を盗んだ病魔ドナによって、全身に瘴気を充填
させられる。それは最早魔女ではなく、抗うことも自死することも叶わぬ病魔ドナ
隷属、リビングデッドとして転生してしまった証。

病魔2
「何遍といろんな魔女の体で試してきたけど、
破裂してまうばっかでなァ。成功したんはキミが初めてや、
おめでとう!俺の記念すべき第一子!ハッピーバースデー!
えーと……ノエルちゃんや!生前は何の魔女やったん?」

病魔1
「『サンタの魔女』らしいぜ。
名前にピッタリだなァ。なあミス・サンタさんよ。
俺らにも『プレゼント』配ってくれや?」


image>引っ張られる鎖.jpg<[2]

(痛い、怖い、辛い、痛い、苦しい、寂しい。
近寄らないで、触らないで、痛い
ことをしないで……)

(あたしもみんなと同じ所に逝きたい。罰なの?あたしが愚かなばっかりに、
みんなを死に追いやったからこんな目に?)

(だとしでも……本当にみんなに手をかけたのは、あたしの首を切ったのは、あたし
じゃない。あたしたちのグループは、魔女も病魔ドナもクリスマスができる未来を
目指してきたの)

(それに魔女としての使命も可能な限りこなしてきたわ。殺し合いが嫌だからって、
安全なところで指を咥えてみているだけではない。仲間が危なければ己も──その
危険に晒されるとわかっても、援けの魔法プレゼントを渡しに走ってきた、ずっと)

(それなのにどうして、どうして── 誰もあたしを助けてくれないの?)

 その時、ノエルは気付いてしまった。自分が無意識に周りへ見返りを求めていた
ことに。無償で人々へ幸福をもたらすサンタという理想像からかけ離れたことに。
非人道的な扱いを受ける只中の精神状況を慮れば無理のないことかもしれない。
それでもノエル自身が一番衝撃を受けていたのだった。

(──あたしはもう『サンタの魔女』にふさわしくない!
……もう、もう、『サンタの魔女』は死んでしまったんだわ……!)

 己の生命だけでなく、その在り方ですら失った。心の支え、無上の博愛の精神。
しかしそれがあったゆえに病魔ドナが指摘したとおりに議長らの奸計を見抜けなかったといえよう。
 ノエルは、陥れてきた議長たちや冒涜を繰り返す病魔ドナを恨むことが正しいのか
わからなくなった。しかし魂を縛られている以上は自らを弑することも叶わない。
そんな彼女の心境などおかまいなしに一方的に傷つけられる肉体、尊厳。そして日増しに
膿んでいく精神。

(ごめんなさい許せないたすけてよくもあたしたちを悔やみきれない殺してやる何も考えたくない……)

(……………………)

(…………)

 彼女は呪った。己の善性を、無知を、親愛を。そして、この凄惨な状況をもたら
した全ての存在に対して。サンタという理性と理想の薄皮を剥がされた魔女は、その
意識が擦り切れるまで彼我への憎しみに
灼かれ続けた。


.



.



.



老人
「つまり……お前さんのいた世界は、夢の世界。
即ち精神の世界。強い心の負荷が時に理を覆すこともあろう」

老人
「愛情、憤怒、悔悛……呪い。
それをもって、主人である病魔ドナとの力関係を破り……
報復を果たす間もなく地に開いた穴に吸い込まれ、この砂漠へ堕ちたとな?」

老人
「此処はな……
お前さんの言うソムニアでもソーリディアでもない。
理の埒外にあると世界そのもの
断じられてしまった者が行き着く場所、なのさ……」

老人
「ただただ、永遠の夜闇。大気の流れも、時間の流れもない。
出ることも死ぬこともできずただ目的もなく彷徨うだけ……」

老人
「あらゆる世界から締め出された者の掃き溜めなのだよ。
私もこうして、光と理性のある者に会えたのもいつぶりか……。
言語すらも忘れるところだったさ」


image[2]

 ローブを被った老人が腰掛けたまま語る。傍に立つノエルは生前のそれと圧倒的に装いが異なっていた。髪も白目も服も漆黒に染まっており、手には等身大のスコップではなく燭台のような長槍が。その穂先には紫の炎が灯り、それが唯一の光源として彼ら二人の姿を暗闇から抉り抜いていた。

???
「…………」


 お前がこれより縛られるのは──
生きることも死ぬこともできず漂い続ける、
およそ世界とも呼べぬ処。そういう場所なのだと
突きつけられてなおノエルの顔には何の表情も
浮かんでいなかった。

老人
「お前さん、取り乱さないのだね……」

???
「あまりに突拍子もなくて……呆れているだけよ」

老人
「そうかい……」


 それから老人とノエルは、やがてぽつりぽつりと様々な身の上話をした。時間や
大気の流れもない土地には、砂漠であるにもかかわらず砂煙ひとつない。ひたすらの
静寂が横たわっていた。
 要点を押さえると──老人は、かつては魔術の世界にて真理に到達した魔術師で
あったらしい。しかしその瞬間にこの場所に堕とされ、以来己の魔術や知見をもって
脱出を試み続けてきた。最中で出会った者達とも協力して。しかしその者らもやがて
精魂朽ち果て……理性も知性も失い膝を折った。朽ちることもできずにただ存在
し続ける地獄に心が耐えかねたのだ。
 ご覧、と老人が指をさす。辛うじて槍の光の届く、砂と闇のあわいに蠢く影。その
動きも時折に発しているらしい叫び声も、およそ理性ある生き物のそれではない。
ずっと静止していたかと思えば灼熱の鋼板に晒された蠕虫のごとくのたうちまわる。
そんな動作を繰り返すさまを近づくでもなく見守る二人。

老人
「狂ってしまったようだがあれはまだ……
活きのいいほうだろうなァ。
いずれ気失し黙して、砂に埋もれていく」

???
「あんたはまだそうなってないのね。なぜ?」

老人
「さァ……どうしてだろうな。
ただ……全てを放り投げてしまおうと思うたびに
頭に浮かぶぼやけた像があるのだよ」

老人
「顔も、名も、声も……思い出せやしないが、
おそらく配偶者であった……はずだ」


 思い出そうとするたびに朧げになる。それが完全になくなった時こそ、『砂に埋れる』
時だろうと老人は語った。
 一体、月日に換算してどれだけここで孤独に存えてきたのか。人間の感覚遮断の
研究において、常人では1週間と経たず精神異常をきたしたという。そんな環境で
彼は、胡乱気味でこそあれ言葉を弄し状況を説明できるだけの理性を保っているのだ。
ノエルは内心舌を巻き、この老人に畏敬の念を抱きはじめていた。言葉に表すことは
なかったが。

老人
「いつしか、出ることよりも狂うて
意識を失ってしまうことを待つようになっている。
死の概念なきこの砂漠においてはな……」


 ノエルは暫し黙していたが、やがて地面に手を伸ばして砂を掬う。自らもいつかは
これと同化する時が来るのか。復讐も懺悔も世界に取り上げられて何も果たせない
ままに。

???
「……その方が、幸せかもしれないわね」


 未だ胸中を渦巻く澱み。それがいつか風化してこの宵闇と砂に融けていくのであれば。
忘れたということも忘れるほどの強い狂気に苛まれるとしても、それでも。それで
己の贖いきれぬ罪も雪がれるのなら……。ギュウ、と砂を握る。
 するとどうしたことか、拳の中の白い砂がたちまち結晶としての組成を崩して黒く
変色し……煤塵となって指の間を通り抜けていく。にわかには信じ難い現象にノエルは
手を開き、指の隙間から溢れていくそれらを呆然と見送った。

???
「なんだっていうの……?」

老人
「──お前さん、それは……?
……!! まさか、その、手は……!」


 その一部始終を食い入るように見つめる老人。落ち窪んだ眼窩の奥が爛々とした
光を帯びていった。彼はにわかに立ち上がるが体勢を崩して転げ落そうになる。
ノエルは咄嗟に手を伸ばし……枯れた梢のような手首を掴んだ。すると老人の手が
握った白砂と同じように……たちまち黒い粉と化していくではないか。

老人
「おお、おお……!」


 その声音は恐れとも喜びともつかない、興奮。その間にも手首、腕、肩へと煤に
変わっていく。

???
「……!」


image>驚く黒ノエルと崩れる老人.jpg<[2]

老人
「この力……お前さんの手……」

老人
あらゆる生命、無機物を崩す力だ……!
この、何もかもが静止した砂漠において、
ノエル、お前さんだけが……」


 腕や胴体を失いバランスを失った彼は今度こそ受け身も取れずに崩れ落ちた。ズボン
も萎みきっており、最早上半身しか残っていないであろう身体が。

老人
「おお……意識が、遠のく……」

???
「……待ちなさい!あたしは……」


 そんなつもりでは、とノエルは口にしようとした。冤罪で首を切られた過去が脳裏に
ちらついてしまう。しかし砂に伏した老人の顔を見て継ぐ言葉は呑み込まれた。そこ
にはあまりにも安らかな笑顔と、渇ききった目頭から鼻梁を滑る雫が。

老人
「……がとう……」


image>涙をこぼして微笑む老人.jpg<[2]

老人
「ありがとう……ありがとうよ……
お前さんがなんと言おうと……私にとっては……」

老人
「お前さんは……私のサンタ、さ……」

老人
「最早、願うことすら忘れていた死を……
与えて、くれた……」

老人
「願わくは、どこかに埋もれてしまった同志達も……」

老人
「ノエル・サンタ……お前さんの──手で──」


 続く言葉のかわりに残ったのは布切れからはみ出す黒い小山。これらは風も微生物も
ないこの土地で、風化することも分解されることもなく、恒久的に残り続けるだろう。

???
「……耄碌したおいぼれが。
勝手に喋くって、勝手に逝ってくれたわね……」


 しかし、その残骸は悪態とともに槍で払われた。穂先の紫の炎に舐めまわされた服は
老人と同様の灰に。挙句に白砂と共に蹴り払われる──あまりにも乱雑な"埋葬"を
もって、完全に跡形もなくなった。
 その間にもノエルは己の手を握っては開く動作を繰り返して──その手櫛で己の髪を
ひとつ梳いた。……その身には、何の変化も現れない。

???
「……ふん……」


 それが意味するところを悟り──踵を返して老人が指していた影に向かって歩んで
いった。   

 それから──例の招待状が届くまでのノエルの物語は彼女しか知り得ない。果ての
砂漠での彷徨。世界の
零落者たちに救い
終わり
をもたらす
孤独な旅路。
 この経緯も以降のことも、無闇に語ろうとはしなだろう。安い憐憫を許さないプラ
イドゆえでもあるが── 語るにはあまりにも長い、永い記憶なのだ。








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